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It's always darkest before the dawn.
3
携帯と財布だけ手にして家をすぐ出たのに大渋滞にはまってしまい、地元に着いたのは夜だった。
久しぶりの地元は車で通る限りあまり変わらない。コンビニはそのままあるし、ファミレスも健在。ネオンがつき始めた町並みを眺めながら、冷静になってきた頭で考える。
今さらどのツラ下げて会いに行くんだ。いきなり実家に押し掛けるなんて狂気の沙汰だ、迷惑すぎる。居ないかもしれないじゃん。
第一言われただろ、もう二度と会わないって。存在すら忘れられてるかもしれないのに。


「あー、これだから考え無しは」


信号が赤になったので停まり、タバコに火をつけた。窓を開けて煙を吐き出し、交差点で左折するべきか否かを考える。
どうだ俺、久しぶりに賭けをしませんか。ここからあいつの家まで信号に捕まらなかったら殴られる覚悟でお宅訪問。もし赤信号に捕まったら諦める。よし、そうしよう。

青に変わった信号に従って左折し、見慣れた道を真っ直ぐ進む。この歩道をチャリで何回通ったことか。朝も昼も夜も、少しでも時間が出来たら急いで会いに行った。一時間の電話よりも十分でいいから会いたくて、一度顔を見たらもう帰りたくなくて、帰りはノロノロとチャリをこいだ。いつもなにかに急き立てられていて、一秒でも長く隣に居たいと必死だった。


今のメンタル状態で帰って来たらこうなるだろうと予想はしていたけど、実際こみ上げてくると辛い。次々によみがえる思い出にうっかり半泣きになっていたら、歩道の信号が点滅した。あ、やばい。


「あーあ」


もうちょっとだった。あと二つ先の交差点を曲がったらあいつの家だったのに。車は見事赤信号に捕まった。
だよね、運すらも俺を止めるか。あいつは俺に会いたくないってことだよね。こうなってよかったんだ、会ってなんになる、今さら時間は巻き戻せないし、あいつは強い男だからきっと前に進んでいる。俺なんかに慰められたくはないって。
信号が変わったのでとりあえず進みため息をつく。本当なにやってんだ、バカみたいにキレて突っ走って、ちょっとは大人になったと思ったのに、あいつのことになると今でもすぐに自分を見失う。


「なにが慰める、だ」


本当は自分が会いたくて堪らないだけなのに。何年も忘れられなくて、心のどこかでずっと会いに行くきっかけを探していた。それがたまたま今日だっただけ。これが明日でも、きっと来年でも、俺はこうして飛んできていた。
今まで我慢出来ていたのは、あいつが遠くに行ってしまったから。そこで野球を頑張っていると思っていたから、邪魔しちゃいけないという一心で諦めようとしてきた。


昔よく一緒に来たコンビニに入り、広い駐車場の一番隅、人気のないに陰に車を停めた。一年からずっと帰省せずにバイトに明け暮れていたから、車を買う金は案外すぐに貯まった。中古だけど気に入っている。
シートを倒して寝転び携帯を取り出す。あいつの番号を表示させ、完璧に記憶している番号を眺める。


「変えてるかも」


最後に話して以来一度も掛けていない。どれだけ恋しくてもそれだけは我慢した。あいつにこれ以上嫌な思いをさせたくないと、その気持ちだけがストッパーだった。
震えそうになる手で通話ボタンを押して電話を掛ける。番号変わってたらもう諦めよう。もし出てくれたら、大丈夫なのかだけ確かめよう。
心臓が壊れそうなほどドクドクしている。画面を見つめて必死に願う。どうか繋がりますように。


「あ、嘘」


繋がった。まじで、あいつ番号変えてなかったんだ。ぎゅうっと痛む胸をトントンと叩き、落ち着け、冷静になれと深呼吸する。早まるな、出てくれるとは限らないだろ。急いで耳にあてて呼び出し音を聞いていたら、電話が繋がった。まじかよ、嘘、なんで、出てくれた、


「――誰」


無愛想な声だった。心底どうでもよさそうで、迷惑そうな声。あ、番号登録してないか。どうやら俺の番号は消されてしまったらしい。そっか、誰か分かんないか。
期待してアガった分だけ、落とされた時のダメージはでかい。心臓潰れそう。


「……っ」


もうこのまま電話を切った方がいい。今ので分かっただろ、こいつはもう前に進んでいる。俺のことなんてとっくに過去になってるんだよ。今さら俺なんかに心配されても鬱陶しいだけだって。必死に電話を切ろうとしたら、受話器の向こうから冷たい笑い声がした。

「ああ、一応ショック受けるのか」


言われた言葉を理解するまで数秒かかった。こいつなに言ってんの、なんで笑ってんの。


「で?今さらなんだ」


この冷たい話し方をする男は誰だ。震える手で必死に携帯を握り締め、カラカラになった口をなんとか動かそうとする。けど、胸が痛すぎて息すら吐けない。
こいつは、最初から俺だと分かっていて「誰?」と言ったんだ。わざと試して、俺がショックを受けるのを確かめて、笑った。
こいつ、まじで誰。


「っ、お大事に。気、落とすなよ」


弱々しい声をなんとか振り絞り用件を伝えた時、ちょうど前を救急車が通って行った。どうやら俺の言葉はサイレンの音でかき消されてしまった。電話の向こうから「なに?」と面倒くさそうな声がした。
運命はとことん俺を邪魔することにしたらしい。もういい、分かった。今の返事がすべてだよな。

「元気で」


最後は心を込めて伝えた。二年ぶりに声聞けて嬉しかった。もう今度こそこれで最後だ。この先会うこともないだろうけど元気で。ありったけの勇気を出して通話を切った。








どれくらい経ったろうか。座席に寝転んだまま目を閉じ、今聞いた声を懸命に記憶に留める。どんなに冷たい話し方でも、哲人の声。今の声をずっと忘れずにいられればいいのに。最後まで名前を呼べなかった。


「名前、呼んでくれなかった」


当たり前か。今さら俺の名前なんて呼びたくねーよなー……明らかに今さら掛けてくんなよって感じだった。嫌われてて当然だけど、きっついわ。
心臓はもう鼓動すら危ういくらい痛い。
哲人に嫌われてしまった。自業自得だし今さらなに言ってんだって話だけど、あんな冷たい態度、初めてだったから。最後に話した時は少なくともまだ俺を好きでいてくれたと思うんだ。

「もう、終わった、俺の人生、終了だ」


富士山から心臓を投げ捨てられたくらいのダメージだ、回復不可能、むしろ回復するな、こんなに辛いならもう感情なんていらない。だってもう二度と幸せを感じることはない。哲人が居ない人生なんて、感情があるだけ無駄に辛いだけ。
両手で顔を覆っていたら、突然助手席のドアを誰かにドンドンと乱暴に叩かれた。


「は、誰、なに」


慌てて起き上がるとそこには、まるで親の仇を睨むような恐ろしい形相の、知ってるけど知らない男が居た。
待って、なんで居るの、なんで分かったの。
正直ビビったのと突然すぎる事態にパニックになっていたら、助手席のドアが開いて襲撃者が無理矢理乗り込んできた。


「なんの真似だ」


地を這うような低い声と、爆発しそうな怒りをこらえているこの表情は知っている。瞳を細めて睨んでくるところも昔と一緒。けど、雰囲気と髪型や服装が変わりすぎて、もはや別人。普通パッと見じゃ分かんないよ、俺は分かったけど。

「容赦なく捨てておいて今さらなんの用だ」


俺を睨む瞳には憎悪に近いようなものが見えた。容赦なく捨てて、か。

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あきゅろす。
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