ELSEWHERE
変更された順位
よーくんから聞かされた話はかなり意外だった。
最近、はるの様子が変なことに気付いたよーくんは、しばしはるを観察してみることにしたらしい。
ある日の授業中。
ふとはるを見ると、なにやら難しい顔をして考え事をしている様子で、ノートもとらず机を見つめている。よーくんの視線にも全然気付かず、眉間にはシワ。よーくんはメールを送信する
どうした?
メールを見たはるは、よーくんを見て首を横にふる
何でもないよ、大丈夫。
返信はそれだけ。不思議に思ったがその時はそれで納得したという。
またある日。
二人で自販機に向かった時、はるが財布から小銭を取り出した。その拍子に落ちる小銭
よーくんが拾うのを手伝おうと横に屈む。
「どじっ子かよ」
笑ってからかいながら見ると、ふと顔を上げたはると間近で目が合う。その瞬間はるは目を伏せ、小さくため息をついた
「ありがとう」
言葉自体はなにもおかしくはない。ただ、明らかにお礼を言う顔ではない。よーくんの心にはまた一つモヤモヤが出来る。物事をはっきりさせたい性格のよーくんは、再びどうした?と聞いてみる。
「何が?」
今度は質問返し。自販機に小銭を入れながら、なんでもなさそうに言う。だが、はるがいつもと違うのは明白。普段のよーくんなら無理にでも聞き出すのに、なぜか言葉が出てこない。
そして今日。
少し前を歩くはるを窺う。イイ感じにくしゃらせたはるの髪の毛。適当にしているらしく、襟足の毛が少しはねている。
「ここ、はねてんぞ」
後ろからはねている毛を引っ張る。はるは急に立ち止まり、小さなため息
「急に引っ張るからビビった!」
顔だけ振り向いたはるは、適当に襟足をいじりながら苦笑い。じっと見つめるよーくんからふっと視線をそらし、また歩きだす。
元々、せっかちで短気なよーくん。その上かなりのマイペース。今までしたいことはしたい時にしてきた。なのにそれがはるには出来ない。ずっと気になっていたけれど、よーくんはめったにしない我慢をしていた
しつこく探ることで、はるを傷付けるかもしれないから。けれど、よーくんの我慢出来る容量は元々とても小さい。忍耐とか、我慢とか、そんなものはよーくんの中では優先順位の低い感情。よって割り当てられた我慢を溜め込むコップは小さなもの
少しずつ溜まっていったはるの為という我慢は、溢れんばかりにヒタヒタで
自分の存在がはるを悩ませているのかもしれない。そう思った途端、ついに容量オーバーで溢れ出す
「はる、お前最近変」
よーくんはいつも直球。オレと同じく語彙が少ない上に言葉選びが下手なのでしょーがない。
「そうかな?別に何にも、ない、よ」
はるはそう言って、誤魔化すように笑う
「お前のその顔嫌だオレ。はる、オレには言いたくねえの?はるがオレに秘密かよー?なあ、言ってみろって、オレも一緒に考えてやるからさ」
よーくんなりに考えて言った言葉。少しでもはるが言いやすいように、明るく、軽く。
はるは、それは嬉しそうに笑って、よーくんの肩をポンとたたいたらしい
「ありがとうよーくん」
しばらくよーくんを見つめて、はるは言った。
「よーくん、オレ、よーくんから自立しないとね」
そう言うはるは、よーくんに初めて見せる顔。前まで時々見せていたあの悲しい笑顔ではない。色んな感情をごった煮にして、出来上がったものをさらに煮詰めて小さな塊にして完成した
決意、みたいなもの
よーくんから自立する、と言ったはる。その言葉を頭の中で必死に処理する。なんとか受け入れよう、はるの決意を、否定する言葉だけは言わないようにと。
無意識にそこまで考えたよーくんは、その瞬間、自分の優先順位がすっかり入れ替わっていることに気付く。ホントは聞いた瞬間、全力で却下したかった
んなバカな話あるか。ふざけんなよ、絶対無理。そんなの認めないし、そもそも自立って何だよ。自立しなくちゃいけないほど頼ってねえよ。認めたくない。
いつもなら言える。だれが相手でも、ぶちまけているはずだ。それくらい、はるの言葉によーくんはなぜか怒っていた
なのに、言えないし言う気にもならない。喉まで出かかった怒りをなんとか抑え込む。我慢なんてとっくに容量オーバーしたはずなのに、まだ予備があったらしく、よーくんの怒りまでもすっと吸い込んでいく
はるが、良いなら、良い
はるがしたいなら、すればいい
結論はすぐに出た。納得するとかしないではない。結論、ただそれだけ
よーくんの頭はいつの間にか自分よりはるを優先順位のトップに変更していたらしい
「自立、してえの?」
「したいとかでなく、しなくちゃいけないんだよ」
絞り出したよーくんの問いに、はっきりと答えるはるは、すっきりした笑顔
はるの新しい表情を発見する度に止まる呼吸。はるの目を見ると、真っ直ぐ見つめてくる視線とぶつかる
息すらままならない中で、よーくんは今すぐ謝り、なんとか説得したくなる。前のはるに戻れ、と。もし自分の何かが気に入らないなら、直すから。だから前までのはるに戻れよ、と
「…理由は?」
なのに、無意識に出てきた言葉は、はるの気持ちを知りたがる。気持ちが分かれば、少しはましになるかもしれない
息をする度に軋んで苦しくなる、どこかも分からない体の中の痛みが
「よーくんには言えない」
前を向いたはるの顔は見えない。よーくんにはそれでよかった
二人の間にきっぱりと引かれた線。そんな拒絶の言葉を口にするはるなんて、見たくもなかった
よーくんは前を歩くはるを見つめながら気付く。はるがどれだけ自分の中で大部分を占めていたかを。
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