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ELSEWHERE
あの曲
「いや、行くよー!ユージの料理は珍味だから。楽しみ」


レオナくんは相変わらず、笑顔のままユージさんを眺めている。無愛想な物言いにも驚いていないし、これが普通なのか。


「うるせーよ。文句あるなら食うな」


ユージさんはゆっくりと顔を上げると、レオナくんを見て笑った。それは、オレが初めて見るユージさんの心からの笑顔だった。


「レオナくんとユージさんは付き合い長いの?」


隣に腰掛けているレオナくんに質問してみる。


「オレがDJ始めた頃からだからね。ユージはずっと違うクラブやバーのバーテンくんだったんだけど、啓が新しいスタッフ探してたからオレがここ紹介したんだー!イッコ年下なのに偉そうなんだよ」


美味しそうにトマトジュースを飲みながら、レオナくんはユージさんを見てはにこにこしている。
ユージさんはレオナくんの説明に頷きながら、オレとレオナくんを見比べて面白そうな顔をする。


「並ぶとそんな似てないよね。たなっちの方がかわいいし若い」


今のユージさんはさっきまでとは別人だ。うわべの笑顔でも会話でもない、打ち解けた笑顔と話し方。


「当たり前!オレに似てたらただのバカ面だよ。たなっちはオレのご自慢のたなっちだからね」


なんだそりゃ。ニーッと笑うのが癖なレオナくんは、目を細めながら自慢気にオレの肩を叩く。
バカ面はオレだよ。レオナくんみたいな顔がバカ面だったら、田辺一族は皆、まじで覆面で生活せねばならんよ。


「そういえばモリー達は?たなっち何で一人ぼっちなの?」


周りを見渡しながら不思議そうなレオナくんに、さっき先に戻って行った旨を説明する。
さっきから酒を飲み干す度にナイスなタイミングでユージさんがお代わりを作ってくれるから、なんだか酔っ払ってきた。ういー。


「そろそろ戻るよ。ユージさん、あなたは悪い人ではない。そして、レオナくんには非常に心がオープンですね」


裏表ありそうとか思ってごめんなさい。違うんだよ、ユージさんは多分、警戒心が強いだけだ。
限られた人以外には薄い壁を作る。その壁は無愛想だったり八方美人だったり、壁の種類は人それぞれだ。オレも前はそうだったからよく分かる。
ユージさんは目を見開いたまま固まっている。あ、そんな顔もするんだ。


「ユージ、本当?オレ友達少ないから嬉しいよ!よし、今日はユージの好きな曲をかけてあげよう」


びっくりしたのはレオナくんも一緒らしく、しばらくオレを見つめた後、ユージさんを見て満面の笑みになった。相変わらずキレーな笑顔だなー。


「じゃあ、あの曲で」


ユージさんはレオナくんを見つめたまま、ふっと微笑みながらリクエストした。あの曲だけで分かったらしく、レオナくんは笑ってブースに戻って行った。
二人の付き合いの深さが、少しだけ垣間見えた気がした。


そろそろ戻るからとユージさんに告げ、皆が居るであろうソファー席に戻る。
あー、なんだか頭がふわふわして気持ちよい。ほろ酔いな今が一番楽しいよー!

ソファーでははるがなにか話していて、それを聞いていたりょーが思わずといった感じで笑っていた。
あーっと!世界一男前な人を発見しました!


「ねえ、オレきみのことすげー好みなんだけど、名前なんて言うの?」


りょーの隣にぼふっと座りながら耳打ちして口説いてみる。
いきなり現れたオレに驚いたらしく、りょーはしばらくオレを見つめてから呆れたように笑った。


「今日は何ゴッコだよ。オレ、ナンパされてんの」


そうですよー!人生初、ナンパしてみました。うんうんと頷きながら笑っていると、りょーがますます可笑しそうに笑う。


「酔っ払いがやっと帰って来た」


優しい笑顔が嬉しくてにやけてしまう。あーいつもより顔がたるんでる気がする。すぐに戻って来ればよかったですね!


「オレもめちゃくちゃ好みだけど、残念」


りょーはそう言うと肩を竦める。え、なに残念って。よほど変な顔をしていたのかまた笑われた。


「前見て」


言われた通り前を見ると、ニヤニヤ顔のよーくんと、にこやかなはるがこちらを見ていた。あ、二人の存在忘れてた。


「なんだねきみたち」


「バカ田辺は酔うとゴッコ遊びがお好きですねー。キッモイんだよ!こんな所で始めんじゃねーよ変態!」

だってさ、どうせ周りにはこの大音量の中じゃ聞こえないし、いいじゃんか。


「あつお、続きは帰ってから」


隣から囁かれる甘いお誘いに、うっかり今すぐ帰りましょうと言いそうになる。ああもう、ちゅーしたい。にやけまくって仕方がないので、少しだけりょーにもたれて我慢する。


「あいつに電話番号渡されたの」


なぜそれを。ちらりと前を見ると、よーくんが相変わらずニヤニヤしていた。
あ、もしかしてけーくんから聞いた?


「うん。でもすっかり忘れてたよ。紙も紛失してしまった。りょーやよーくんのことで多忙だったからさ」

正直に言うと、りょーは特に気にした風もなく頷いている。


「モリー、さっき何であんな事言ったの?目の前でナンパされてんのにお前平気なの?」


よーくんは「お前らしくねーなー!」と怪訝そうだ。あれはナンパですらないと思うんだけど。


「本気じゃない奴相手にいちいちムキになるかよ。それに、こいつちゃんと断ってただろ」


な?とオレを見て同意を求めてくるりょーになんだか嬉しくなる。オレのこと信用してくれているんだ。そっか、オレのことちょっとは信じてくれてるのか!


「断るに決まってんじゃんか!電話番号渡された時はさ、そんなことだと思いもしなかったんだよ」


今だって、あのユージさんの発言は冗談だったと思っている。さっきのユージさんを見て、なんとなく理解した。


「まあ確かに、男に番号渡されても下心あるとは思わないだろ、普通は」


りょーのもっともな言葉によーくんは「まあそりゃそうだよな」と軽く頷いてからにんまりする。


「じゃあさ、本気だったらどうしてた?」


なにかを期待するような目でりょーを見ると、よーくんはにんまりしながら返事を待っている。


「秘密」


ソファーにもたれたまま返事をすると、りょーはゆるく微笑んでいる。
あーっと、お得意の秘密発言だ。この響きにオレはいつもくらくらしてしまう。なんかやらしーよ。


「はるならどうする?」


よーくんがふと思い付いたようにはるを見ると、はるは少し考えてから、にこりと笑って返事をした。


「よーくんの対応次第かなあ」


よーくんがなにやら嬉しそうにはるにひそひそ話をし始めた時、大歓声と共にレオナくんが現れた。


遠くから眺めていると、レオナくんは一番初めにある曲をかけた。リミックスだったけどすぐに分かった。レオナくんがずっと携帯の着信音にしてる曲だ。かなり昔に流行った曲で、レオナくんはこの曲がとても好きらしい。


ふと前を見ると、カウンターから、ユージさんがレオナくんを見ていた。感情の消えた顔で、ぼうっと曲を聴いていた。
あ、きっとユージさんがリクエストしたんだ、レオナくんが一番好きな曲を。
二人の間ではあの曲だけで通じるんだね。

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あきゅろす。
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