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腑抜けのカエル
週末、レオナくんに誘われて久しぶりに皆で夜遊びに来た。


「久しぶり、たなっち」


最近少し髪が伸びたレオナくんがにこやかに微笑んでいる。薄茶色の髪が目にかかりなんだか大人っぽい。まあ、実際大人なんだけどね。


「モリー、背伸びた?85はありそうだね」


レオナくんが少しだけ見上げながらりょーの頭と自分の頭の位置を比べている。まじか、やっぱり伸びてるのか。85ってなに、185?本気で勘弁して。


「あー、伸びたらしい。つうかこの前かけてたやつCD持ってんの」


りょーはちらりとオレを見てはニヤニヤしている。
はいはい、伸びたんですね聞こえてますよ!


「どれー?後でブース来てよ。持ってたら貸すね」


レオナくんは相変わらずのんびりと返事をして、じゃあまたねと手を挙げ去って行った。
今日はけーくんはお休みらしく、昼間に美人なオネーサンと出掛けていったらしい。よーくんが呆れてまた新顔だった、とため息をついていた。
相変わらずなけーくんと、あれからなにも言わないレオナくん。気になる。


「すげー混んでるね」


夏休みだからか、いつもの週末より一段と人が入っている。隅っこのソファー席を確保して座ると、りょーが大きなアクビをしながらもたれてきた。


「食いすぎた」


なに、そのオレが悪いみたいな視線は。確かに全部大盛りにしようと言ったのはオレですが。


「お前と飯食ったら、自分が少食なんじゃねえかって錯覚に陥るんだよ」


「分かる。オレも森田も結構食べる方なのに、たなっちの前だと霞むよね」


はるも食べ過ぎた!と腹を擦っては笑っている。
不思議なもので、爽やかな小西さんが腹を擦ってもオヤジくさくはない。
はるがポケットからタバコを取り出そうとした時、ライターが床に落ちた。


「はい」


ライターを拾い、満面の笑みではるに手渡すギャル。今すかさず拾ったよね。つか、目が真剣で怖えーよ。隣のソファーに座っていたらしく、周りの子達も身を乗り出して成り行きを見ている。


「ありがとう」


はるは控えめな笑顔でお礼を言いライターを受け取った。相変わらず人見知りだから、それ以上絡んでこないでねってオーラを出している。


「うっぜ。何あの子、ガン見しすぎ。モリー、はるって最近無駄に男前になったと思わね?」


よーくんは不機嫌そうに顔をしかめながらりょーに愚痴っている。うざくはないでしょ、拾ってくれたんだから。


「お前よりは確実にイケてんじゃね」


りょーは意地悪な顔でよーくんを見下ろすように言うと、鼻で笑っている。
相変わらずな二人だ。
よーくんはしかめっ面になったかと思うと、いきなり隣のはるの腕を殴った。


「はる!てめーぼうっとすんな!自分の身は自分で守りなさい!男前なのも問題だな!うぜー!」


うわー、子供みたい。よーくんが女の子が居る場所でこんな拗ね方するなんて驚きだ。しかも身を守るって大げさだよ。


「何それ?男前なのはよーくんだよ。本当に整った顔してるよね」


薄暗い中で、はるは眩しそうに微笑んだ。はるの視線はずっとよーくんに固定されていて、他人事ながら、なんだか気恥ずかしくなってくる。
はるってさりげなくこういうこと言ったりするよね。

「まあ、ね」


微笑むはるを見て照れたように呟くと顔を背け、伏し目がちに笑っている。
我慢出来ずに溢れてきたような笑顔は、確かに隣のギャル達を釘付けにするくらい輝いてらっしゃいますよ。


よーくんが最近、別人だ。前からはるには別人だったけど、最近は本気で自分の目を疑ってしまう。これはよーくん?って。
最近のよーくんは、はるの前だとなんかふにゃふにゃしていて可愛い。今みたいにぎゃいぎゃい騒いでいても、はるがなにかするとすぐこんな笑顔になる。はるのことが、好きで好きで堪りませんって感じだ。


「森田くん、若いって素晴らしいね。おたまじゃくしがカエルになったんだよ」

はると出逢ってからみるみる変わっていくよーくんは、なんだか一皮剥けて輝いていて前よりも目立つ。昔みたいなモテ意識な笑顔よりも、今の自然な笑顔の方が、よっぽど周りを惹き付けているよ。


「センセー、あのカエル最近腑抜けで気持ち悪い」


相変わらず肩にもたれてくるりょーが面白くなさそうによーくんを指差す。
まあまあ、いいじゃないですか。今のよーくんは、なんだかこっちまで嬉しくなる感じだよ。


「愛ゆえの腑抜けですよ。そっとしておいてあげなさい」


はるが笑いながら耳打ちすると、顔中笑顔になるよーくん。前髪を弄りながらにこにこと笑う姿に、隣のギャル達が騒いでいる。
微笑ましいなと眺めていたら、ギャルの一人と目が合いにこりと微笑まれた。
どうしたものかと曖昧に笑って誤魔化していると、隣の人に腹をつねられた。


「痛いよ森田くん」


「センセー、よそ見しないで」


りょーが顔をしかめながら耳元で囁いてくる。ん?よそ見?


「なに?今のお愛想スマイルのこと?」


オレの言葉にりょーはわざとらしくため息をつく。うわー、なんだか嫌味。


「森田くん?」


身を乗り出して隣にある顔を覗き込むと、りょーは意外にも笑顔だった。あれ?

「女ばっか見てないで、オレの相手して」


こんなことりょーに甘い笑顔で言われて、嫌だと拒否出来る人が居るだろうか!少なくともオレは無理!


「はいはい、今からエンドレスでお相手いたしましょう!ちなみに今のは社交辞令ですし、女に興味はありません」


弁明するとりょーは頷きながら意地悪な顔で笑う。


「次愛想振り撒いたら、あいつらにお前は童貞のホモだってバラしに行くから」

……確かに事実です、オレは童貞のホモです。でもなんでそんなに愉しげなの?りょーってこんなに意地悪だった?
うわ、かわいいなその顔!意地悪なりょーもよいね、堪らんね!
りょーに翻弄されにやけていると、よーくんがニヤニヤしながら訊いてきた。


「そういえば、たなっち、オレに隠し事してない?」

隠し事?なんだろ、よーくんに言ってないこと。


「なんのこと?」


よーくんは肩を竦めただけでなにも言わず、すっと視線をりょーに向けて笑っている。なにー?
りょーは訝しげによーくんを見ているけど、なにも言わない。


「はる、たなっちと酒取ってきてー」


よーくんが頼むと、はるは素直に頷いて立ち上がる。んー、オレが邪魔?りょーと話をしたいの?遠慮せずそう言えばいいのにー。


「では、行きますかー」


はると二人で、人混みをかき分けながらカウンターに向かうと、こちらを見て手を挙げるバーテンが居た。

「たなっち!」


あ、ユージさん。そういえばそんな人も居たな。
最近知り合いが一気に増えたから、関わりが薄い人から忘れていくんだよね。ごめんなさい、ユージさん。

「こんばんはー」


ユージさんはこの前会った時よりも、なんだか元気だなー。相変わらずチャラいけど。


「隣の子が噂のモリー?」

「ノン。彼は心優しきはる様ですよ」


オレが紹介すると、ユージさんはにこやかに挨拶している。あ、営業スマイル。はるは丁寧に挨拶しながら知り合い?とオレに訊いてくる。


「この前、よーくんが拗ねてたでしょ?あの日知り合ったんだー」


「ああ、あの日か。たなっち、あの時は本当にありがとう」


はるが迷惑掛けてごめん、と付け加える。
いやいや、とんでもない。あの日をきっかけに、二人がますます仲良くなったみたいで、オレも役に立てたのかな、とかなり嬉しいんだからさ。

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