ELSEWHERE
田辺の昼
「あれ、りょー?」
返事がないので振り返るとりょーは眠っていた。
あんらー。さっきまで喋っていたのに、一瞬で眠れるんだね。
雑誌を腹の上に置いたまま眠るりょーは、微かに寝息を立てている。
「バイト忙しいもんね」
なんでこんな頑張るんだろう。お金はいつもたくさん持っていて、どうやらそれはバイト代だけではないみたいだし、一度だけすれ違ったことがある森田家から出て行く車は、高そうな外車だった。金、あるみたいなのにな。
起こさないように近付き、腹の上から雑誌を退ける。ベッドに投げ出された腕は無防備で、そっと触ってみると温かかった。
傷だらけの手を眺めていると、かすり傷ではない深そうな傷痕を発見してヒヤリとする。危ねーなー。
「いっぱいケガしてたんだろーね」
ふと視線を上にやると、鎖骨の下あたりにまた傷を発見する。首近くとか危なすぎるよ。
傷痕に触れながら、近付いて首筋にキスしてみる。
こんなに傷をいっぱい作って、どんだけ暴れてたの。首筋にかかる髪をどけながら、色んな所に唇で触れてみる。耳に唇を寄せると、りょーがくすぐったそうに身を捩った。あ、眉間にシワが出来た。
「かわいい」
思わずにやけてしまう。難しい顔で眠り続けるりょーを見ていると、なんだか堪らなくなってくる。かわいい、かわいい!
起こさないように、デコや頬にそっとキスする。
唇を指でなぞると、りょーがまた身動ぎした。
もっと指で触れて、唇で確かめたい。りょーをまるごと確かめたい。出来ることなら、全身を唇と指で確かめたい。触りたい。
「起きないでね」
Tシャツ越しに、胸元から腹にかけてそっとなぞる。細いのに逞しい身体は、触ると筋肉がかなりついていて硬い。服越しなのに、りょーの身体を触っているんだと思っただけで、指が痺れそうだ。
ゆっくりとTシャツの中に手を入れて、腹を撫でてみる。あー逞しい。そっと服を捲ると、最高にセクシーな腹と腰が露になった。
「エロい。まじエロい」
変態真っ盛りなオレには刺激が強すぎる。お手本のような身体に、ヨダレが。
ああー、やばい、暴走気味の心臓が血と一緒に身体中を駆け巡りそうな勢いだ。バクバクする心臓をなだめながら、そっと腰に指を滑らす。
腰骨からヘソの下に指を動かし、スエットをずらしてみる。ちらりと見える下着にオレはもう目が釘付け。触っちゃ、ダメ?どこをって、ソコを。
「……ん」
下着を指でなぞった瞬間、くすぐったかったらしくりょーが小さな声で呻いた。オレ、本気でやばい。今りょーが動かなかったら、声を出さなかったらオレはなにしてた?
「あっぶねー」
セクハラもいいとこだ。つか、もはや強制猥褻だよ、寝てる人にこんなことするなんて。
今オレは間違いなくりょーに欲情した。触りたくて頭がくらくらした。
脳ミソがこれ以上はダメだと命令しても、身体は命令を無視して、触れる指を止められなかった。
オレは今この人の全部が欲しいと思った。りょーに触りたい。触りたいし、触られたい。
それを想像したら、腰の奥がぞわぞわした。軽く勃ちそうになってしまった。
「これが性欲?」
はあ、煩悩だ。こんな変態じゃいつかホントに愛想尽かされそうだよ。
オレってそういうの、薄い方だったのになー。性欲とかムラムラするとかって、結構他人事だったのに。
「ミスターセクシーのせいだよ」
絶対りょーのせいだ。このままだと、オレはりょーのせいでとんでもないレベルのスケベ野郎になってしまいそうだ。
部屋着のスエットからチラリズムな下着を眺めながら、自分の欲望について考えてみる。
オレはりょーとなにがしたいんだろう。ちゅーして抱き締めあって、まあ、あわよくば身体中を舐めまわしたり吸い付いたり?そんな感じのことは想像してみたこともある。
というか実際は、ほぼ毎日想像してはにやけている。
「森田くんは?オレに触りたいと思ってくれる?」
普段の様子からすると、思ってなさそうだな。
キス以上は決してしてこないりょーは、抱き締めあう時も首筋にキスするくらいのことしかしない。
オレはちゅーだけで軽く勃つ勢いなのに、りょーは涼しい顔してすっと離れていってしまう。
男同士だからムラムラしないのかな。ちゅーは出来てもその先となると、潔癖なりょーにはやっぱり抵抗があるのかもね。
仕方ないことだけど、ちょっと悲しい。だって、オレはもっとエロいことしたいからさ。
「頑張ったら、いつかはしたいと思ってくれるかな」
そっと髪を撫でてみる。寝顔はいつもより幼くて、本当に綺麗だ。しょぼいオレとは全然違うよ。
男だからというのに加えてオレにはきっと、りょーをムラムラさせる魅力が欠如しているんだ。
「なにが足りねーんだろ、筋肉?フェロモン?……もしや、清潔感?」
うわっつ、これは致命的!清潔感ってさ、よーくんいわく男女共通で大事とのこと。派手なのと汚ならしいのとは別物、らしい。派手で汚い男は最悪だって言ってた。
それに照らし合わせてみますと、ワタクシたなべは、間違いない、
「汚い。オレは間違いなく汚い派閥に属している。清潔感ゼロの薄汚い男だ」
よーくんみたいに身体のメンテナンスとかしない。髪はパシパシ、顔も放ったらかしで、身体は貧相。どこに触りたくなる要素があるのだ。あるわけねーじゃんか!
「なになに、どーすりゃいい?清潔とはなに?毎日歯は磨いてる、顔も洗ってます、適当に……あ、適当にってのがダメじゃんか」
あああ、こんなんじゃいかんよ、いかん!セクシーかつ美しい森田くんの隣で、オレは今までなにをしていたんだ!
イチャコラを進展させるためには努力が必要!りょーを誘惑出来るような清潔感溢れる男にならねば。
「今日から石鹸のかほりがする男を目指そう。で、ムラッとくる男になって、あわよくば、」
「あわよくば、何」
振り向くと、寝起きの森田さんが楽しそうに笑ってらっしゃった。アクビをしながらのんびりと微笑むりょーの髪を撫でてみる。
「おはよう。起こしてしまいました?ごめんよ」
「寝るつもりなかったのに、悪い」
寝転んだまま苦笑いするりょーに近付き、デコにちゅーしてみる。
「いいよ、そんなの。お疲れなんだからすきなだけ寝てていいよー」
「さっきの、何?ムラッとくるって、誰が?」
寝起きのゆっくりした喋り方がかわいい。にやけていると、りょーが不思議そうに見上げてくる。
「りょーがムラッとくるような石鹸のかほり漂う清潔な男になるから、それまで待ってておくれ」
「かほりって何、相変わらず古臭い奴。石鹸にムラッとしねえよ」
楽しそうに笑うりょーに近付いてゆっくりと髪を撫でてみると、ぎゅっと抱き締められた。
「この匂いの方がいい」
「こんな薄汚い男の匂いがいいの?」
「お前またこんがらがってんの?薄汚くないから」
笑うりょーに抱え込まれ、ベッドに寝かされた。隣に寝転ぶりょーに軽くちゅーしながらべったりする。
オレまじで明日からちゃんとしよう。
「もうちょっと寝れば?」
眠そうなりょーはこくりと頷くと、オレを抱え込んで目を閉じた。
「こうしてて」
はい。小さく返事をして広い背中を擦る。
くっつきたいと思ってもらえるだけで幸せだよね。先は長いけど一歩ずつ頑張ろう。
りょーの匂いに包まれながら、オレも一眠りしようと目を閉じた。
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