ELSEWHERE
ビニールの壁
「普段なら諦める。諦めるっつうか、大概の事は別にどうでもいいし」
あ、ぽいな。りょーって意外にプライドとか高くないし、物にも人にも執着しないっつーか、ある意味冷めてるドライ人間。湿気ゼロなさらっとくんだよね。
「それか、挑む。昔はハイリスクハイリターンだって思ってたから」
りょーが挑むって言うと、大勢の敵をなぎ倒していく姿がリアルに想像出来るのがなんとも恐ろしい。
「どっちもりょーっぽいねー」
深く頷きながらりょーを見ると、そうか?と不思議そうな顔をする。いやいや、きみの普段の生活を見てたら分かりますよ。邪魔な奴はなぎ倒すって感じじゃんか。
「でも、本当に欲しいモンだったら待つ。確実に勝ちたいから」
迷いのない顔で言うりょーに驚く。らしくないなー。待つって選択肢が一番りょーから遠い気がする。
「意外?」
顔に出ていたのか、柔らかく微笑むりょーが首を傾げる。りょーこそ最近甘いって!笑顔が柔らかい。ああもう好き、その顔。
にやけたまま頷くと、だよなと小さく返事をしてニターリと笑う。なに、怖い。
「勝った時、待ちわびた分反動が出そうだけど」
うわー、なんかまた物騒な想像が頭をよぎったって!敵将の首討ち取ったり!みたいな。こっえー!
「なんとも恐ろしいお話ですねー」
タバコでも吸って落ち着こう。なかなか火が点かないライターをカチカチしていると、りょーが近付いて火を貸してくれる。
煙を吸い込みながらお礼を言うと、なにか言いたそうなりょーと目が合う。ん?
「あつおは諦めるだろ」
ご名答。もし一つ選ぶなら迷わず諦めるだね。りょーを好きじゃなくなることは無理だが、しあわせな結末なんて初めっから諦めているからなー。
りょーへの気持ちに限ったことではない。オレはいつもそうだった。なにか自力じゃどうにもならないことが起きると、諦めるというよりも、そのこと自体を記憶から抹消しようとする。はい消去、これでなかったことになりましたって。
「オレ根性ねーもん、だっせー奴だよねー」
だからかな、こんなにもりょーに憧れるのは。
りょーだってそりゃ悩んだりもするだろうけど、オレなんかと違って一人で解決法を見つけられるタイプだと思うから。
知れば知るほど、いいなって思う。そんなりょーと居たら、自分までちょっとよい人間になれるような気がするんだよねー。
「それオレ。オレの方がだせえよ」
顔を歪ませたのは一瞬だった。すぐにいつもの余裕のある顔に戻ったけど、目が釘付けになってしまう。
最近、りょーが少しずつ変わってきてる気がする。
オレがちゅーなんかしてしまったから?自意識過剰?あの頃からよく考え事をしているし、たまにこうやって辛そうな顔をする。
オレとりょーの間には、薄いビニールくらいの壁がある。それは透明で、あるかどうかも目を凝らさないと分からない程度だ。
でも、こうやってりょーが辛そうにしたり、悩んでいるみたいなのに、オレが声をかけると平気な顔をしてなにもなかったように笑顔を見せる。そんなことがある度になにも出来ない自分がホントに嫌になって、一枚だったビニールが二枚になり、少しずつ増えていく
そうやっていつの間にかりょーとの間に簡単には破けない壁が出来ていくような気がする。それが、怖い。
「また変な顔」
そう言って顔を覗き込んでくるりょーに慌ててウジウジ思考を一時停止する。
「ぼうっとしてたわー、昼飯食ったから眠いー」
壁にもたれてアクビをしながら笑いかけてみる。
「お前食い過ぎなんだよ」
呆れたように笑うりょーと次の授業を受けるかどうかぶちぶちと喋っていると、よーくん達が戻ってきた。ニヤニヤとりょーを見るよーくんは得意気な顔でりょーに言った。
「お前最近藤女の子からコクられた?」
近くの女子高かー。相変わらずモテますな、あそこ可愛い子多いからねー。
りょーはいまいちピンとこないようではてなって感じの顔をしている。
「今コンビニ言ったら藤女の子達が居てさ、オレ達見て森田くんの友達だって声掛けられたんだよ」
はるが飲むヨーグルトを飲みながらにこやかに言う。はるのお肌がツヤツヤなのはやはり毎日日課のヨーグルト効果だな。
「知らね。記憶にねえわ」
どうでもよさそうに言うりょーはさっぱり思い出せんって顔で、それを見ていたらなぜか悲しくなった。
どうでもいい人から告白されたところで、りょーは記憶にすら留めない。ドライなとこはさっぱりしていて好きだけど、相手の子からしたら悲しいよ、きっと。
好きの程度は人それぞれだろうけど、好きって伝えたことすら忘れられたら、きっと悲しい。
りょーの気持ちを動かせる人なんて居んのかよ。あのマユさんですらどーでもよさそうだったのに。あんなイイ女そうそう居ねーよ?りょーって恋愛不感症?オレと似てんのかなー。昔はオレもそうだったし。
「変態だからやめとけって言っといてやったわ!お前評判悪かったよー!超感じ悪いって!」
よーくんが愉快、愉快!と笑っている。きっと無愛想だったんだろーなー。
「どうでもいい。あの女子高移転しろよ、うぜえ」
面倒くさそうに言う姿にまた心臓がささくれだつ。
あー、地味にダメージ。
きっとオレの気持ちもりょーの言う面倒な部類のものだ。オレとは友達だからさすがにそこまで邪険にはしないだろうが、結末はおんなじだ。
記憶にすら残れない知らないその子に自分を見たような気がした。
それでもりょーを好きになったことを後悔していないオレってなんなの。
オレは友達だから近くに居られる。それだけでも感謝しなくちゃいけない。
心臓の隅っこでじくじくと痛みを訴えるささくれに気付かないフリをする毎日。それでオレは満足だ。
「あつお?」
りょーが黙っていたオレを心配そうに見る。友達だから心配してくれる。
これだけでしあわせだ。
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