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バカとテストと召喚獣 〜ツインズ〜
第49話 夕季とニューヨーク
楽しかった食事会から一週間後の土曜日。いつも通りの時間に起こされた僕が、朝食をとっていると家のチャイムがなった。

「美恵さんが来たみたいですね」
「仕事関係?」
「ええ。今日からニューヨークなので」
「そうなの?」
「ええ」

夕季はエプロンを外して玄関の方に向かう。僕はそれを目線で追いかけながら、茶碗に盛られたご飯を頬張り、メインの焼き魚を食べていく。

うん。今日も美味い。

『夕季様、お迎えにあがりました』
『美恵さん。ありがとうございます。ですか、まだ兄様の朝食が終えていませんので、もう少し待ってもらえますか?』
『かしこまりました。明久様の準備が終わるまで車で待機しております』
『ありがとうございます。あ、私と兄様の荷物を運んでおいてくださいますか?』
『かしこまりました』

ん? 僕の分の荷物?

疑問に思って振り返ると、そこにひょっこりと夕季が顔を出した。

「あ。兄様、食べ終えました?」
「うん。食べ終わったけど・・・。ねえ。荷物って、な(では、片付けますので、食器はそこに置いておいてください)あ、うん」
「あ、それとパジャマを着替えてください。着替えは部屋に用意しておきましたので。パジャマは洗濯カゴの中に入れておいてください」
「あ、ちょっと夕季!?」

荷物の件を訊ねようとしたが、夕季に遮られる。そして強引に自分の部屋に押し込まれた。

「・・・・・・・・・・・ふぅ。着替えるか」

呆然と部屋のドアを数秒間見つめていたが、深いため息をはきだして気持ちを切り換えることにした。
あの状態の夕季に何を言っても、意見は通らない。アレ(・・)を使えば多分通るけど、なるべく使いたくない。
だから、ここは素直に着替えるに限る。

「夕季、着替えたよ〜」

素直に着替えた僕は、パジャマを洗濯カゴに入れると、キッチンにいる夕季に声をかけた。

「私も片付けが終わりました。では、参りましょう」
「? どこに?」
「ニューヨークです」
「え?」
「美恵さんをこれ以上待たせるのは申し訳ないので、急いで玄関に向かいましょう」
「夕季!? ニューヨークって、僕も行くの!?」
「ふふふ。当然です。では、行きましょう♪」
「ちょっ、まっ」

夕季に手を掴まれたかと思うと、足が宙に浮くぐらいの勢いで僕は引っ張られる。そして、そのまま車に引きずり込まれてしまった。

「では美恵さん。出発してくださいな」
「かしこまりました。夕季様」

僕が逃げ出さないようにガッチリとホールドした夕季の号令で、美恵さんは頷いて車を発進させたのだった。

*****

――現在――


強引に連れてこられて、ニューヨークで迎えた最初の夜。僕は、夕季に理由を訊き、ため息を吐き出しつつ、階下の街並みを見つめていた。

あの時、素直に着替えなければ・・・。いや、どっちみち夕季に着替えさせられるか。

「はぁ・・・・・・。よっ、と」

ピッ。

もう一度、ため息をはいた僕は、ベッドにダイブしてテレビのスイッチをつける。

『―――昨夜未明、ロウアー・ニューヨーク湾内にて、謎の浮遊物が浮かんでいるのが発見されました。警察の発表によると、その浮遊物はビニールシートに覆われた人間であり、中国系の男性とのこと。また、何か鈍器のようなもので殴られたあと、海に落とされた可能性が高いらしく、身元は目下調査中とのことです。続きまして―――』

ピッ。

僕はニュース(字幕)の途中で、衛星チャンネルに切り換える。

「やっぱ外国は危ないなぁ」
「ふふふ。ここは安心ですよ。セキュリティは万全です♪」

その小さな呟きが聞こえたのか、夕季から返答があった。
僕は、チャンネルをいろいろ変えながら応える。

「ふ〜ん。じゃ、ここから出ないほうが良いのかな?」
「別に出ても構いませんが、外に出ると捕まると思いますよ、姉様に」
「・・・・・・・・・・なぜに?」

な、なんでホテルの外に出ると、ね、姉さんに捕まることになるの・・・?

「同じ市内ならば兄様の気配ぐらい読み取るのは容易いですから、姉様は。まあ、私はどこにいてもわかりますけど」
「・・・・・・・・・・・・」

僕の姉と妹はどこかおかしいと思う。

若干冷や汗を書きながら僕は、仕事をしている夕季を見つめる。

「ホ、ホテル内にいれば姉さんにはわからないんだよね?」
「ええ。結界を張りましたので、私と兄様の気配は遮断されていますから」
「なら、夕季の仕事が終わるまでホテルにいるよ」
「そうですね。その方がよろしいかと」

夕季は頷くと、仕事に集中していく。
僕はめぼしい番組を見つけたので、チャンネルを固定して、夕季の邪魔にならないようにテレビの音量を下げる。

仕事がいつ終わるかわからないから、ホテル暮らしは退屈だけど、姉さんに捕まることに比べればマシだ。
あ、夕季が言ってたけど、このホテルの食事は最高らしいから、ひとつルームサービスでも頼もうかなぁ。

番組のゲストたちのトークをBGMに、僕はメニューを開いて何を頼むか考えていった。


**********

明久と夕季がホテルに到着した時、吉姫コーポレーションのオフィスでは、明久と夕季の姉である吉井玲が仕事をしていた。
吉井玲はハーバード大学を首席で卒業後、父である明憲が社長を務める吉姫コーポレーションに入社。今現在、営業部第三課に配属されている。

「むむっ!」
「ど、どうしたの? 玲さん」

突然立ち上がった玲に同僚が怪訝そうに訊ねる。玲はそれに何も反応せず、夕季たちの泊まっているホテルの方角を見つめていたが、首を横に振ると椅子に座り直した。

「どうかしたの?」
「いえ。弟の気配がしたと思ったのですが、気のせいだったようです」
「そ、そうなんだ」

玲は何事もなかったかのように仕事に戻る。
若干引いていた同僚も、いつもの発作だと割り切って仕事に戻る。

「そういえば、うちの会社にハッキングした命知らずな人って捕まったのかしら?」
「いえ。まだのようですね。社長(お父さん)がいま調べている最中だと仰ってましたよ」
「ふ〜ん。シルバーエンジニア自らが調べてるんじゃないんだね」
「そうみたいですね」
「そうか。何も盗まれてはいない状況でシルバーエンジニアが出張っても仕方がないよねぇ」
「ええ」

玲は同僚と世間話をしながら、明憲の言葉を思い出していた。

『ハッカーは明らかにシルバーエンジニアのデータを狙っていた。おそらくは誰かに依頼されてハッキングを行ったのだろうが、失敗に終わった今、そいつは最早生きてはいまい。夕季は、ハッキングを依頼した人物に心当たりがあるらしい。ニューヨークにつき次第、調べてみると言っていた』
<・・・・・・何もなければいいのですが・・・・・・>
「え? 何か言った? 玲さん」

その呟きが聞こえたのか隣の同僚が訊ねてくる。玲は『なんでもありません』と誤魔化して、後ろの時計に目線を向ける。

「あ、もうすぐ終業時間ですね。このままだと残業することになりますので、急ぎましょう」
「え!? あ、もうこんな時間なの!? 急がなくっちゃ!」

玲は一抹の不安を心の中から追い出しながら、同僚とともに作業スピードを上げていく。そして、終業10分前で今日中に仕上げなければならない仕事を終えたのだった。


*****

「いまユキちゃんからメールがあったわ。ハッキングを行ったのは、リュウケンというハッカーのようね」
「リュウケンか・・・。確か先ほど報告の上がっていたニューヨークで発見された死体の身元が、そういう奴じゃったかの」

姫川グループの本社の社長室。
宋華と宋二郎が、“清姫”からあげられた報告書を片手に話をしている。
二人は夕季から送られたメールに書かれてあった“リュウケン”という名が報告書にあったことに、眉間にしわを寄せる。
報告書には『身元不明の死体が発見される。地元警察の協力者によると、中国系の男で、名をリュウケンである可能性が高いとのこと』とあった。

「失敗したから口封じに消されたようじゃな」
「そのようね。・・・・・・ねぇ、お祖父さん。本当にヒール・スミスの関係者が犯人なの?」
「それは分からん。ユキ嬢の勘じゃからな。しかし、ユキ嬢の勘は外れたことがないからの。間違いなくヒール・スミスの関係者じゃろう」
「・・・・・・ユキちゃん。大丈夫なの?」
「美恵がヤツ(・・)に護衛を頼んだようじゃ。大丈夫じゃろ」
「そう。彼が・・・・・・」

宋華はソファーに身体をあずけると、美恵が夕季たちの護衛を頼んだ人物の顔を思い浮かべる。

「普段の彼を見ていると、頼りないのよねぇ。演技だって分かっててもねぇ」
「そうじゃな」

宋二郎は苦笑を浮かべつつ、一昨日いった“ラ・ペディス”での彼と娘のやり取りを思い浮かべたのだった。



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