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◆一輪の花?(エムペ版)
元凶



消毒液の匂いが充満する室内に入った途端、私は絶句してしまった。

丸椅子に座る斉藤先輩と龍兄の奥で、肘付のオフィスチェアに腰を下ろしている人。

私の見間違いでなければ、彼は五十嵐 俊(イガラシ シュン)、私がこの仕事を受けるはめになった理由の根源だ。

「な、なんで、五十嵐さんが此処にいるんですか」

「よお、凜、久しぶりやな。元気にしとったか?」

五十嵐さんは中指で銀縁眼鏡を押し上げ、口の端だけを吊り上げるようにして笑う。

私の隣に立っている幸田君は、キョトンとした表情で私と五十嵐さんを交互に見やった。

「尾崎は、五十嵐先生と知り合いなのか?」

――今、ものすごく聞きなれない呼称がくっついていたような気がする。

「幻聴かな。五十嵐さんが、五十嵐先生とかって呼ばれてるように聞こえたんだけど」

「いやいや、幻聴じゃないから」

幸田君は手を左右に振り呆れたように笑う。

「俺、今年の春から、ここの保健師やってんねん。ま、よろしくな」

極々軽い調子で、片手を上げる五十嵐さんを前に、軽く目眩がした。

「保健師って、なにやってるんですか?」

なんで製薬会社の跡取り息子が、こんな所で保健の先生なんかしてるのよ。

「そう、言われてもなあ。俺かて、好き好んでこんなむさ苦しい所来たんやないで? どうせなら可愛い女の子が、ようさんいる女子高に行きたかったし」

五十嵐さんは、溜息を吐きながらポリポリと頭をかく。

「まあ、でも、ここで凛に逢えたのは運命ちゃうか? ほら、俺達もうじき、けっ、んごっ」

言ってはいけない単語を言葉にされる前に、私は慌てて五十嵐さんの口を片手で塞いだ。

そのまま身体も少し近づけ、五十嵐さんを見下ろす。

「こんな所で何を言い出す気ですか! くれぐれも仕事の邪魔をしないで下さい」

出来る限りの小声で文句をいい、身体を離そうとすると、五十嵐さんの口元に置いていた片手を掴まれた。

挑発的に眼鏡越しの瞳が細められ、五十嵐さん自身の口に手を押し当てるように力を込めてくる。

「ヒッ」

手の平に生暖かくぬめったモノの感触がし、身体全体にぞわぞわと鳥肌が現れる。

舌で舐められたのだと、脳が判断を下した瞬間、片足の裏に全体重を掛け、五十嵐さんの足の甲を踏んでいた。

五十嵐さんは昔から、やる事なす事、変態っぽくて嫌いだ。

何を言っているのかよく判らない呻き声を上げ、椅子の上で身体を丸めてる五十嵐さんを見て、ほんの少し溜飲が下がった。




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