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「失礼致します」
一人の女性が、俺達が居る部屋の入り口で、軽く頭を下げた。
白いカッターシャツを第一ボタンからきっちりと閉め、ダークグレーのベストに同系色のパンツに黒のパンプス。
胸辺りまで伸びた緩やかなカールが掛かった金髪が、彼女の動作によって柔らかく揺れる。
彼女の青い目が俺達に向けられた。
「少し宜しいですか?」
彼女の名前は、ケイト・ルーカス。
高い鼻にくっきりとした二重の大きな目、形の良い口に、細めの眉。
肉感的なプロポーションだが、かっちりとした服装の為か、知的な雰囲気の女性だ。
凛の同僚でもあるケイトは、此処での俺達の生活のサポートをしてくれている。
「あと、十分程で、香山様と、美咲様が到着するそうです。出迎えをなさいますか?」
機械の様に淡々とした口調で、ケイトは俺達を見渡した。
正直、俺はケイトが苦手だ。
なぜなら、斉藤の無意識な無表情とは違い、ケイトのアレは意図的なモノを感じるからだ。
理由は判らないが、恐らく俺達はケイトに嫌われているのだと思う。
「はいはーい!出迎え行きまーす!」
秋月は、そんなケイトに怯むことなく、いつも通りのマイペースで、元気よく返事をする。
ケイトは、冷えた視線で秋月を一瞥し、再び軽く頭を下げた。
「判りました。ヘリポートまで、ご案内致します」
いい終わると、ケイトは、機敏な動きで回れ右をし、カツカツと、ヒールを高らかに鳴らし歩きだした。
「ケ、ケイトさん、待って下さい」
このままでは、置いていかれると、俺達は慌てて椅子から立ち上がり、ケイトの後を追いかけた。
ケイトは、俺達を待つつもりはないようで、休憩室と同じコンクリートが剥き出しになった廊下を足早に進む。
「……随分と嫌われたものだな」
急ぎ足で歩く俺の隣で、ボソリと斉藤が、小声で呟いた。
どうやら、ケイトに嫌われていると思っていたのは、俺だけではなかったようで……
「やっぱり、斉藤先輩も、そう思います?」
俺の問いかけに斉藤は、小さく頷いた。
「あれだけあからさまな態度をとられたら、嫌でも判る」
「……確かに」
廊下を歩くケイトの後姿は勿論、床を踏み鳴らすヒールの音すらも、俺達に対する負の感情が滲み出ているように思える。
そんなケイトに臆する俺達とは対照的に、秋月だけは果敢にケイトに話かけていた。
「ケイトさんの髪、柔らかそうで、綺麗ですねー」
「肌の色も白くて、きめ細やかだし、青い目も宝石みたいですね」
「ケイトさんは、彼氏いるんですか?って、ケイトさんぐらいの美人なら、周りがほって置かないですよね。俺もケイトさんみたいな彼女、欲しいなー」
ナンパの様な台詞を一人テンション高めに話す秋月だが、ケイトは、視線一つ動かさず、まるで秋月の存在すらないかのように、黙々と足を進めている。
それでも尚、秋月は諦めずに、ケイトに話し掛けるが、眉根一つ動かさないケイトを前に流石の秋月も困ったように頬を掻いた。
俺達が、ハラハラとしながら二人の背後で静観していると、再度、秋月が口を開く。
「……ケイトさんって、確か、凛君の同僚なんですよね?」
ピクリとケイトの肩が揺れた。
ケイトは僅かに顔を振り向かせ、秋月を見上げる。
「――そうです。それが何か?」
「ぷっ、くくく」
「……何が可笑しいのですか?」
突然、笑い出した秋月をケイトは静かに睨み付けた。
秋月は、腹と口元を押さえ、笑い声を押し殺しながらケイトを見下ろす。
「いや、だって、ケイトさん、さっきまで俺の事ずーっと無視してたのに、凛君の話題になると反応するんだもん」
秋月の言葉にケイトの頬が一瞬にして赤く染まる。
「凛君に過剰反応を見せるという事は、それだけ凛君のことが嫌いなのか、それとも大好きか。ケイトさんはどちらです?」
ケイトは、唇を噛み締め、グッと両手の拳を握り、俺達を睨み見据えた。
「……私は、凛を宝物のように大切に思っています。ですから、あなた方のような凛に危害を加える人間は嫌いです」
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