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「そうそう、尾崎君。幸田君に……何かされたりしてない?」

「何かって、何ですか?」

香山先輩の言っている意味が判らず問い返すと、香山先輩はニヤリという効果音が付きそうな笑みを浮かべた。

その笑みが、あまりにも気味が悪くて、私は思わず後退さってしまったが、広がった距離の分、香山先輩が詰め寄り私の耳元にその口唇を寄せてくる。

「オレが以前にやった“お手つき”とかだよ」

小さく低められた声が耳に響き、どちらかというと思い出したくない部類にエントリーされている記憶が蘇ってきた。


普段より高く感じる青い空。

その透き通るような空を遮るように自分の視界が暗くなり、気付けば、額に柔らかな髪の毛が掠っていた。

そして、口元には温かく柔らかな感触。

感しょ……――


一瞬にして火が付いたかのように顔に熱が集まる。

「あ、思い出しちゃった?」

香山先輩は、明らかに、からかう様な口調でニヤニヤと私の顔を覗きこんでくる。

そう、香山先輩は、あの時の行為を“お手つき”と称していた。

私は恨みの籠もった眼で香山先輩を睨み上げる。

「け、圭一は、香山先輩みたいに急に……あ、あんな事、したりしませんよ!」

「凛?」

私の声が聞こえたのか、圭一がこちらを見てきた。

香山先輩は「ふぅーん」と、圭一に視線をやりポツリと呟く。

「存外にヘタレなんだな。ま、その方がコチラには都合がいいか」

ヘタレ……?

都合がいいって、どういう意味なのだろうか?

「二人で何の話をしているんですか?」

先程の香山先輩の呟きは、圭一には聞こえていなかったようで、キョトンとした様子で私達の傍までやってきた。

「幸田君は誠実な人間だという話をしていたんですよ」

「はぁ」

イマイチ状況が判らないといった風の圭一から少し離れた場所に居た美咲先輩が、小さく溜息を吐く。

「物は言いようですね」

どうやら先刻の私と香山先輩の会話を美咲先輩は聞いていた……と、いうより聞こえていたようだ。

「相変わらずの地獄耳だね、美咲君。僕に何か言いたい事でも?」

「いいえ、今更言うことなんて、ありませんよ」

美咲先輩は、軽く肩を竦めテーブルに置いてあったグラスに口をつける……と、急に口元を押さえ流麗な眉を顰めた。

「美咲先輩?」

突然の変化に驚き、美咲先輩の様子を伺う。

美咲先輩が持っていたグラスに目をやるのを見て、私もグラスに注意を向けた。

グラスの中には、濁った赤茶色の液体が入っている。

……あれ? 濁った赤茶色?

確か美咲先輩のオーダーはウーロン茶だったはず。

届いた時のウーロン茶は、濁っては……いなかったよね?

「美咲先輩、その飲み物何ですか?」

圭一も不信に思ったのか、口の端をひくつかせ美咲先輩のグラスを指差す。

「ベースはウーロン茶だ……何故かタバスコのトッピングがされているがね」

美咲先輩は、不気味な程に華麗な微笑をみせ、秋月先輩を見やる。

秋月先輩はというと、笑い声を抑えるようにして腹をかかえ、肩を震わせていた。

どうやら犯人は秋月先輩らしい。

「全く。貴方はロクな事をしませんね。――斉藤君」

呼ばれた斉藤先輩は、流れるような動きで秋月先輩を羽交い絞めにする。

「なっ、修二何をするんだ!?」

「会長が悪い」

無表情でそう告げられた秋月先輩は慌てて身体を捩るが、やはり斉藤先輩の力には敵わないらしく、それは無駄な足掻きとなった。

「飲食物を粗末に扱うなど、桜山学園の生徒会長にあるまじき行為。責任を取るのが筋ってもんじゃないですか?」

美咲先輩は問答無用に鼻を摘み、グラスを秋月先輩の口にあてがう。

どうやらグラスの残りを秋月先輩に飲ませるつもりのようだ。

「け、圭一助けてくれ!」

秋月先輩が近くにいる圭一に助けを求めると、圭一は、にこやかに微笑み「秋月会長、残しちゃ駄目ですよ?」と、諭すように優しい口調でそう言った。

助ける気は全く無いらしい。

圭一の言葉が合図となり、涙目の秋月先輩の口の中に液体が流し込まれていく。

グラスが空になり、解放された秋月先輩は……当然というか、必然というか、悶えながら床を転げまわったのは言うまでもない。





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あきゅろす。
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