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不安の芽



久しぶりに皆が揃ったのだから、再会を祝して、お祝いをしよう! と、言い出したのは、お祭りやイベント等の楽しい事が大好きな秋月だ。

特に断る理由も無く、賛成する面々の中、不機嫌そうに俺達を睨んでいた者が一名。

スイにすれば、俺達は凛の友人であって、スイ本人とは、何の関係もない。

そんな俺達が、仲間内だけで盛り上がってしまっているので、居心地が良くないのだろう。

何か話しかけた方が良いだろうかと、思っていると、開け放たれている休憩室の入り口に人の気配がした。

「お待たせしました」

仕事と着替えを済ませた凛が、龍巳とケイトを引き連れて休憩室に戻ってきた。

途端、スイは、凛の腕を掴み、そのまま場を後にしようとしたが、天使の微笑を浮かべた悪魔でもある香山が、スイの肩を掴んだ。

「尾崎君を何処に連れて行くつもりなのかな?」

先刻の恐怖感でも残っているのか、スイは一瞬、身体を強張らせたが、堪えるように拳を握ると、掴まれた手を払い、香山と向き合った。

「い、今は、俺が凛の雇い主だ。俺が凛を何処に連れて行こうが、お前には関係無い」

「――は? え? 雇い主?」

状況が飲み込めないようで、凛は、おろおろとスイと香山を交互に見やる。

「おやー? 君は、契約の書類を交わしてないでしょう? と、いう事は、今は、まだ雇い主ではない筈ですよ?」

「ねえ?」と、香山は朔の方へと振り返った。

話を振られ、眉間に濃い皺を寄せた朔は、面倒そうに一つ頷く。

「――尾崎さん、契約書類を! 今すぐ!!」

「……直ぐに準備させます。ですが、突然の事ですので、少々時間が掛かります」

怒りからか、悔しさからか、スイは肩を震わせ歯を軋ませる。

「急いでくれ!!」

怒鳴るようにそう言うと、スイは一人、足早に休憩室を出て行った。

「相変わらず、ヒステリックな奴やなあ」

「彼は、いつもあんな感じなんですか?」

俺の問いかけに、五十嵐は「まあな」と、溜息を一つ付く。

「大概、俺等にはあんな感じや。まあ、凛には、そうやないみたいやけどな」

心配そうに、スイが去っていた廊下を見ていた凛が、俺達の会話が聞こえていたのか、こちらを振り返り、困ったように笑った。

「本来のスイは、優しくて素直で、いい子なんだけどね。ところで、スイが雇い主って、どういう事?」

「お前が此処に居る間、雇いたいのだそうだ」

朔は椅子から腰を上げ、凛の傍に立つ。

「どうする?」

凛は少し驚いたように、朔を見上げた。

「……拒否権あるの?」

「今回だけはな」

しれっと答える朔を前に、凛は考え込むように眉間に皺を寄せた。

そんな凛の眉間に朔の指が触れ、刻まれた皺を伸ばすように人差し指が動く。

普段の飄々とした朔からは、予想も想像すらも出来なかった、どこぞのカップルのような行動に、俺を含め先輩方も驚きを隠さず、目を丸くし絶句した。

唯一、龍巳、五十嵐、ケイトの三人は、特に顔色を変える事無く、成り行きを見守っている。

慣れている、という事なのだろうか。

だとすれば、この光景は、そう珍しくないという事になる。

眉間皺を伸ばす指は、見るからに丁寧で優しくて……何と言うか、甘―い空気が流れているような気もしない事もないが、朔の表情が無なので、どちらかというと、少し気味が悪い。

やはり凛も特に動じることなく、朔の奇異な行動をそのまま放置し、沈黙を守る事、数十秒。

ゆっくりと、口を開いた。

「受けるわ」

きっぱりと言い切った凛を見る朔の瞳が、一瞬、物憂げに揺れた気がする。

「……情報をやる。後で俺の部屋に来い」

「判った」

朔は、龍巳と五十嵐に一瞬、目線を向けると休憩室を出て行った。

その後を、龍巳と五十嵐が追うのを視界に入れながら、ケイトは、不安げに眉を顰め、凛の傍らへと、移動する。

「凛、本当によかったの? 拒否権があるって事は……」

「大丈夫よ、ケイト。心配してくれて有難う」

ケイトの言葉を遮るように話す凛を、その青い目に捉え、更に不安な色を濃くした。

「……凛、本当に大丈夫なのか?」

心配そうにしているケイトを見て、俺自身も不安になる。

――また、危険な仕事なのだろうか。

「圭一……大丈夫だよ。大丈夫」

穏やかに微笑む凛を見ても、俺の不安は拭えなかった。





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