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目標物に当たる予定だった蹴りは、見事に空振りし、そのまま蹴りを放った主人のもう片足の隣に納まった。
「凛っ!何故邪魔をする!そいつから離れろっ!!」
怒鳴り散らす人物に、私は驚きながらも体勢を立て直し、龍兄を背に庇うように立つ。
目前で仁王立ちしているのは、劉 彗蓮(りゅう すいれん)
以前に何度か仕事で身辺警護をしたことがあり、彗蓮……スイとは、友人関係、兼、お得意様だ。
「待って、スイ、落ち着いて」
宥めようと口にした言葉も空しく、スイは怒りの感情をそのまま、表情と態度で表した。
「これが落ち着いていられるかっ!!俺の凛がこんな糞ガキに手を出されるなんて……まさか、凛、この糞ガキが恋人とか言わないよな!?」
「……く、糞ガキ……」
明らかに年下であろうスイに糞ガキ呼ばわりされた龍兄は、少なからずショックを受けたようで、呆然としながらもブツブツと「糞ガキ」のフレーズを呟きだした。
どうやら、コンプレックスを刺激され、トラウマにスイッチが入ったらしい。
「なんだか、聞き捨てならない台詞が聞こえたような気がするのですが――尾崎君、彼とは、お知り合いなのですかー?」
私に問いかけてきた香山先輩へ返答をする暇も無く、スイが今にも噛み付くかの如く声を張り上げた。
「おい、そこのタレ目!凛に馴れ馴れしく話しかけてんじゃねーよ!!」
香山先輩とスイを除いた全員が瞬時に息を飲んだ。
数秒の静寂が場を支配する。
ゆらりと、目に見えない何かが、香山先輩の背後に見えた……気がした。
「……君は……随分と口が悪いね」
にこやかな微笑とは対照的な、ドスの効いた低い声が、笑みを浮かべる香山先輩の口から紡ぎだされた。
「この僕に、よくもまあ……ふふっ。“君も”生きるのが嫌になる目にあってみますか?」
“君も”って、他の誰かが生きるのが嫌な目に合ったという事……なのだろうか。
ゾクリと背筋に悪寒が走る。
絶対零度の冷気が、香山先輩から吹き荒れ、瞬く間に周囲を凍結させていく……気がする。
流石のスイも、香山先輩の異様で超絶危険な異変に気付いたのか、口を閉ざし、一歩後ずさった。
だが、香山先輩も一歩前に足を踏み出す。
口元は、笑みを浮かべているのに、その目は人を射殺しそうな程の殺気を含ませ、スイを睨み見上げている。
今の香山先輩なら、殺し屋だと言われても、誰もが納得するだろう。
「君が苦痛に悶える姿は、さぞかし愉快なのでしょうねえ」
ヒッと、小さな悲鳴を上げ、さらに後退するスイを香山先輩は獲物を追い詰めるハンターの如く、ジリジリと楽しむように追い詰めていく。
恐怖が極限にきたらしいスイは、私の名前を呼びながら縋るように抱きついてきた。
ガタガタと振るえながら目をきつく瞑り、ぎゅうぎゅうと腕に力を入れてくる。
少々……いや、かなり息苦しいが、怯えているスイを拒否するのも可哀想な気がするので、そのまま、宥めるように背中を叩いてあげることにした。
「香山先輩、この辺で勘弁してあげてくださいませんか?」
「尾崎君の頼みなら……仕方ないね。ここは“一旦”終了という事にしておくよ」
「……有難うございます」
一旦という事は、勘弁はしてあげないのね……香山先輩って、ちょっと執念深い人なのかもしれない。
未だにギュウギュウと自分にへばりついているスイを見上げる。
暫らくはネチネチと嫌味でも言われるのかもしれないな――可哀想に。
私も香山先輩には、絶対に恨みを買うような事をしないようにしないと。
心に誓いを立てていると、室内に声が響いた。
「お前らは、何をしているんだ?」
唐突に聞こえてきた声の主を見ると、呆れ顔の兄と、ずっと引きずられていたらしい五十嵐の姿が見えた。
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