confetti-U
―――どうしてこんなに彼に関わってしまうんだろう。
―――そういう星の巡り合わせなのか?俺は。
「おいー…聞いてるか…だからよぉ…俺はレストランに入って開口一番に彼女にこう言ったんだ…『新婚旅行はどこがいい?』って…。そしたらいきなり御盆を投げつけてきて『あなた一人で地獄へ行ってらっしゃい』、だぜ…。ひどい話だ…世の中には嫁の意見など一切聞かない、亭主関白も甚だしい男がうじゃうじゃいるというのに、この俺は嫁の希望を優先させてやろうとしたんだぞ…。それにしちゃ、あまりに酷い仕打ちだと思わないか…?」
―――いつもなら、これくらいのタイミングでツッコむ。
「酷い、酷くないに関わらずそれ以前の問題だと思いますよグラハムさん」って。
それが俺の日常。
けれど。
今、この状況で俺はどうしたら良いんだろう…。
「…おーい、ノーコメントかよ、全く…気が利かないやつだな。どこかの役に立たない舎弟と同じじゃないか」
遠回しにシャフトの悪口が言われた気がしたが、それに構っていられるほどの心の余裕を、その時の俺は持ち合わせちゃいなかった。
(第一、そんなのにつっかかったりしたら、色々ややこしくなるし)
それに…『どこかのバーのカウンターで、彼とウイスキーをたしなんでいる』、この状況に至るまでの経緯を頭の中で整理するのに一杯一杯のこの俺に…彼の言葉―――たとえそれが悪口だろうが嫌味だろうが―――が、届くわけがなかったのだ…。
自身を落ち着かせる為にも、俺はこれまでのことをまとめてみることにした。
まず、俺はシャムのネットワークを利用して、なかなか帰ってこないグラハムさんを探した。
そして彼は見つかった…ああ、そこまでは良かった。
問題はその後だ。
いきなり彼が『アレ』を始めだして、そしてレンチを振り回しだして、それを見た俺が…。
『…街中でいきなり暴れないで下さいよグラハムさん!』
…そう叫びながらタックル。
しかも別のシャムの体を使って。
本当に馬鹿なことをしたと思う。
いつもの癖で反射的にとはいえ、よりによって彼の見ず知らずの人間の体を使って、タックルだなんて。
当然ながら彼から返ってきた言葉は「どちら様で?」。
何やってんだ俺…と地面に頭を打ち付けたくなった………。
あぁ、そうだ…。
その後だ。
今俺が思い出すべきは、その後のことだ。
確か、あの後―――。
『…』
『…』
『…』
『…』
―――どちら様で?
彼にそう尋ねられてから、多分もう五分は経過している。
徐々に冷静さを取り戻しつつあった俺は、何度も深呼吸を繰り返しながら、この―――大の男二人が道端にしゃがみこんで、沈黙を保っている、異様としか思えない状況―――をどう打破するかを考え始めた。
しかし、冷静になればなるほど、(付け加えて言うなら、俺達から半径5メートルは離れて通りを歩いている人々の、怪訝そうな視線を受ければ受けるほど、)俺は自分が本当にとんでもないことをしたのだと思い知らされ、激しい後悔の念にさいなまれるのだった。
頭をうんうん唸らせながらも、まず最初に何を言うべきか考えていた俺だったが…沈黙を破ったのは、意外にも彼のほうだった。
『…おい』
あまりに不意打ちすぎるそれに俺が返した言葉は。
『あ、あやしい者ではないんです!』
『…』
―――ざざっ!
俺がそう言うと同時に彼は、本当に「はあ?」とでも言いそうな表情になり、そして周りにいた人々は…今度は半径10メートルは離れて歩き始めた(しかも、早歩きで)。
…色んな意味で俺は泣きたくなった。
その時だった。
『…あやしい者ではない…それは、どういう…』
―――ひぃ。
重々しくもハリのある彼の声に、俺は思わず喉の奥から小さく情けない悲鳴を漏らす。
彼は続ける。
『…ふむ…あやしい者ではない…。古来より人は老若男女を問わずあやしい魅力のある人物に惹かれるというが………そうか!お前はその魅力がアメーバ級だから、こんなに人が寄ってこないんだな!ああ、可哀想にお前…魅力がないばかりに、こんな扱いを…』
『…は、はい?』
―――話が妙な方向に曲がっていく。
いつもなら見慣れた光景であるはずなのだが…自分のことを言われているとなると、いささか不気味な気もした。
この先どうなるのかが、予測できないから。
加えて不安にもなるのだ―――彼の常識外れの思考が、今の『俺』に何を与えるのかが。
『ああ悲しい…なんて悲しいことだ!こんなにも露骨に人々から拒否反応を示されているなんて、お前はなんて不幸なやつなんだ!……しかぁーし!俺はお前を可哀想だとは思うが同情はしない。なぜならッ!!お前のそのミトコンドリア級のあやしさオーラのなさのおかげで、俺までお前と同類に見られてるからだ!おかげでこの有り様だ。誰も彼もが、俺を冷たい目で見ている!俺のせっかくのあやしさオーラは、お前のせいで全て台無しなんだぞ!どう落とし前つけてくれるんだ、ええ!?…………なんだ、その『テメーの魅力に惹かれるやつなんて誰もいねーよ』的な顔は!!むきぃぃぃ!!!何て腹立たしいやつだ!お前、ちょっとそこに直れ。今から人としての倫理を説いてやる。こんな無礼なやつ、社会に置いておけないからな。いいから座れ!早く座れ!この、非常識人間め!』
―――畜生!あんたに一番言われたくねーよ!!
先ほどまでの不安や緊張はどこへやら、俺はその瞬間、心の底からそう思わずにはいられなかった。
出来れば直接声にして彼に怒りをぶつけたかったのだが…彼の『人としての倫理』とやらの解釈が始まってしまったので、俺は大人しく口をつぐむしかなかった。
…ここらへんの身の引きようがこれまたシャフトとしての癖なのかどうかは、考えると悲しくなりそうなので、考えないことにした。
とにかくその後も、予想通り彼の一方的なマシンガントークは続いた。
言うまでもなく、周りにいた一般人は皆ドン引き。
半径10メートルはおろか、街のメインストリートであるはずの通りに、誰も人が寄り付かなくなるという事態になった。
挙句の果てには、道のはずれの小さな露店や屋台も、いそいそと閉店の準備をし始める始末。
それらをぼんやりと眺めて…多分30分くらいたったころだろうか。
「だからいいか!?意を決して告白した相手にいきなり御盆を叩きつけるなんて、本当にありえな………。いや…もしやこれはアレか!?ツンデレってやつか!?いいなあツンデレ!それに加え年上なら言うことなしだ。年下の男に、いつもはツンツン、たまにデレデレ、だぜ?最高じゃないか!しかしあの娘は年上なのか?いや、この際年なんて関係ない!そもそもだ、恋愛に年なんて関係ないんだ!!………うああ、言っちまった!言っちまったよグラハム・スペクター!恥ずかしいっ!何て恥ずかしいことを言うんだ俺!!………貴様、今聞いてたな?しっかり聞いてたよな?いいか、今のは忘れるんだ。忘却の彼方へ葬り去るんだ。どうせならお前自身を殺してでも忘れさせたいんだがな…生憎俺は人は殺さない主義でね、だから…」
―――…だから?
見慣れたはずの彼の顔が、恐ろしく感じられる。
俺はごくり、と唾を飲み込んだ。
それを見計らったのように彼が紡いだ言葉は…。
「飲もう。そして忘れろ、俺の恥ずかしい発言を」
―――結局、飲むんだ。
出来れば死なない程度に気絶させてくれたほうが、俺にとっては後々面倒にならずに済むから有難いんだけど…という台詞を何とか飲み込み、俺は本気で今日の運のなさを呪った。
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