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"グリゴリ"

扉越しにその名前を聞いた瞬間、手にしていた紅茶の載ったプレートがバランスを崩して床にダイブした。派手な破壊音を撒き散らして廊下に破片と紅茶が飛び散る。

「!!…***、さん?」

その音に驚いたように扉を開けた夜科くんは、固まったまま動けずにいる俺を見て怪訝そうな顔をした。俺はと言えば、はくはくと音も無く唇を戦慄かせて、逆に彼らを凝視する。

「どう…して…、」

嗄れた喉から必死に絞り出した声は馬鹿みたいに震えていた。
"グリゴリ"は、俺がババ様に引き取られてからずっと探し続けている男の名であり、彼を生んだ組織であり、…もう、滅びたはずの負の遺産だ。この1年間当て所無く探し続けて、その影すら掴めていない男の名を、何故彼らは知っている?考えれば考えるほど頭が混乱して、思わず一番近くにいた夜科くんに掴み掛かってしまった。

「どうして君達がグリゴリの名を?!まさか…まさか会ったのか?!あいつに、グリゴリ01号に?!!」
「ちょっ…***さん、落ちつけって!」
「ッ…!」

宥められて、俺はゆっくりと夜科くんの襟元を掴んでいた手を降ろす。興奮して血圧が一気に上がったせいで米神の辺りが痛んだ。

「…俺たちが知ってるのは、グリゴリ06号についてだ。それが天戯弥勒」
「…06…号…?」

夜科くんの言葉に、俺は驚きも露わに顔を上げる。計画は続いていた…、それによって生み出された新たな実験体が、あの…天戯弥勒?

「お前、グリゴリ機関について何か知ってるのか?」
「………」

八雲さんに問われて、俺は僅かに唇を噛み締める。知っている、もちろん。だがどこから話していいか…分からなかった。

「…俺の探している男の名が、グリゴリ01号と言います」

出会った経緯、それから別れた経緯を軽く話して、彼の記憶から得た"グリゴリ機関"についての話をする。食い入るように俺の話を聞いていた彼らは所々で顔をしかめた。

「恐らく、06号を作ったグリゴリ機関とは多少別物だとは思うが…どれだけ屑の集まりかは理解出来た」

吐き捨てるように言った八雲さんに、俺も小さく頷く。人を人とも思わない所業…"01号"を生み出すまでに、どれほどの失敗があったかも知れない。

「グリゴリ機関を追うなら、俺も行かせて下さい!俺はどうしてもあいつに会わなきゃならない…!もう一度、何があっても…!!」
「…」
「祭先生…」

何やらテレパシーで話しているらしい雨宮さんと八雲さんを見つめれば、八雲さんの探るような視線が俺に向けられる。

「お前、どうしてそんなに01号に拘るんだ?そんなに仲良しなのか?」
「……」

彼と俺の関係を表す言葉を口にするには、少し…人の目が気になる。…身体を重ねはしたが、恋人だったわけではない。ただ求められて応えた。初めは同情に近かったが…今では違うと言い切れる。

「…01号を…愛してるんです」

初めてそれを言葉にした瞬間に、はらりと涙が零れた。愛している。まるで子供のように手探りで俺に触れるアイツを…俺は、愛してしまった。

「俺は一度あいつの手を離してしまった…、もう一度俺はあいつに会って、離した手を掴み直さなきゃいけないんです」

あいつがどこかへ行ってしまわないように、あいつが"心地好い"と感じた俺の側へずっといられるように。俺は切れてしまった絆を紡ぎ直したい。

「…分かった。恐らくグリゴリ01号を説得できるのもお前だけだろう」
「、」
「このまま行けばグリゴリ01号はW.I.S.Eの一員になる。こちらとしてもそれはなんとか阻止したい」

W.I.S.Eの一員…、その言葉が酷く胸を苛んだ。天戯弥勒がいたらしい孤児院へ派遣される八雲さんの友人に連絡を取って合流する算段を付け、ババ様に頼み込んで許可を貰った俺は急いで仕度を済ませる。

「***さん」
「、」

合流する駅まで送ってくれるハイヤーに乗り掛けた俺に、雨宮さんがどこか険しい顔つきで声を掛けた。疑問符を向ければ、彼女は言葉を選びながらゆっくりと口を開く。

「…天戯弥勒よりも先に、グリゴリ01号を見付けて下さい。そうしないと手遅れになってしまう」
「……」

雨宮さんの言葉に瞠目して…小さく、頷いた。あいつが"人間"に絶望してしまう前に、何とかしてもう一度会いたい。

「必ず」

雨宮さんにしっかりと肯定の言葉を返して、俺はハイヤーに乗り込んだ。






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