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ついにその時が来たか、と私は部下と共に廊下を走りながら臍を噛んだ。前騎士団長である父から、巫女はけして弱くないと聞いていた。それは魔術的な要素の話であり、実際に手合わせした際もフラッグ共々痛い目に遭った。

(巫女は、初めからこのつもりだったのだろうか)

ご丁寧にも巫女によって転移させられた先は騎士団の詰め所で、すぐに部下とともに巫女を追う算段が付けられた。第二師団は怪我を負った枢機卿達の救出に割り当てた。崩れ落ちた外壁によって間接的に怪我を負った彼らは怪我を負わせてもいいから巫女を捕えろ、と捲くし立てるような口調で命令して。

(これが…私の信じていたものなのか)

老害と一言で切り捨てた巫女の言葉が頭の中で繰り返される。まっすぐ教皇を見据えた瞳は、いっそ神々しいくらいに澄んでいた。謁見の間の地下に続いているらしい白い階段を駆け下りながら、私は…私たち騎士は、一体誰に従うべきなのかと自問する。

『イグニス王朝は教団にではなくウェルバの神と預言の巫女に従うだろう!』

ふと頭の中で繰り返されるのは、巫女を保護していたイグニス王国の将軍の言葉だった。…巫女は、あの男を心底信用していたように思える。私の腕から落ちて行く巫女の細く脆い身体を、彼は確かにその腕に抱き留めた。巫女と言う制約の中で死と隣り合わせである行為を行えたのは、巫女の彼への信頼故か、それとも…。

「***様!!」

どれくらい階段を下っただろうか。存外早く追いついた背中に声をかける。十数m先を歩いていた巫女は数秒の沈黙の後に私たちを振り返った。まっすぐ私を見据える赤い瞳に、無意識のうちにごくりと唾を飲み込む。

「…」

以前の巫女には感じられたなかった威圧感のようなものが、この場にいる全員を厳かな沈黙のうちに陥れていた。以前は恐らく意識してそうせずにいたのだろう。威厳ある立ち振る舞いで巫女は私たち全員にゆっくりと視線を向ける。

「恐らく」
「、」

この沈黙を破ったのもまた、この沈黙を生み出していた巫女本人だった。静かな声音で口を開いた巫女は、僅かに視線を上に向けて言葉を続ける。

「ティエリア達が私を追ってくると思います」

じっと螺旋階段の上を見つめ、数秒巫女は言葉を止める。それから何かを振り切るように視線を下ろすと、私をじっと見つめて瞬いた。

「巫女として貴方がたに命じます。けして。…ここより先に彼らを進ませないで下さい。けして私を追わせぬよう。…いいですね?」

静かな言葉と声音、しかし絶対の意思を滲ませた巫女に、私は浅い呼吸を繰り返しながらああ、と心の中で呟いた。
そうだ。私たちが従うべきは教皇でも枢機卿でもなく、確かにこの方だったのだ…。がしゃ、と甲冑の触れあう音がして、私の背後にいた部下たちが次々に膝を折る。彼らも恐らくは私と同じ気持ちなのだろう。まっすぐ私を見つめる巫女に目を伏せ、私も同じように膝を折って巫女に頭を垂れる。

「…巫女のお言葉のままに」

今更こうして気付く己を恥に思うが、巫女は責めるわけでもなく踵を返しゆっくりと歩き出した。かつ、とその歩みがふと止まり、グラハム、と静かな声で名を呼ばれる。巫女が私の名を呼んだことに驚きながらも顔を上げると、巫女はどこか憂いを帯びた顔で私を見ていた。

「犠牲には、報います。…貴方のお父様の分も」
「!」

私が口を開くよりも早く、それを拒絶するようにして巫女は背中を向け、歩き出してしまった。中途半端に差し出した手を握りしめて、私は部下を振り返る。

「…巫女の言葉通りだ。けして賊を通すなよ」
「はっ!!」

暗に示された父の死の謎を問い詰めたい思いは強いが、今はそれよりも巫女の言葉を遵守する方が重要だ。にわかに騒がしくなってきた上層を睨むように見上げながら、腰に下げていた剣を引き抜いた。



***




「様子がおかしいな…」
「大方、中で***が暴れたんだろう」

好都合だ、とハロの背に乗り聖地の様子を窺いながら頷いた。刹那が示したのは大聖堂の中にある謁見の間で、屋根の崩れたそこで***が黒魔術を使ったのだろう。

「ライル、そのまま下降してくれ。あの奥に***がいる」
「了解、しっかり捕まってろよ」

ふわ、と音もなくハロが旋回して、そのまま垂直に降下を始めた。内臓が浮くような不快感を感じるが、今はそれに耐えねばなるまい。一瞬で通りすがった謁見の間は瓦礫にまみれており、その中で狼狽する枢機卿たちを横目で見た。

(…)

当然のことながら、そこにリジェネの姿はない。早々に見切りをつけたか、ヘルヘイムで向かい受けるつもりか…。

「!!」

順調に下降を続けていたハロが悲鳴を上げて、雷撃の網のようなものに絡めとられてしまった。

「ハロ!」

小さく収縮したハロをライルが間一髪のところで掴んで、僕はとっさに翼を拡げて刹那の服の裾をつかんだ。その刹那がライルを掴んで、落ちる前に階段の上に着地する。

「くっそ、何てことしやがる!」

僅かに羽の毛羽立ってしまったハロを気遣いながら言ったライルに眉を寄せつつ、着地した瞬間に剣を抜いた刹那にならって杖を上げた。罠を張って待っていたのは白い鎧を着た騎士で、数は十人余り、その半分は第一師団に属する精鋭だった。

「申し訳ないが、これより先に進ませるわけにはいかない」
「、」

すっ、と切っ先を向けたグラハム・エーカーに、僕は僅かに眉を寄せる。騎士団の中でも精鋭である彼らが***を追わずに俺達を足止めするとは…恐らく、これは上からの命令ではない。枢機卿どもは何が何でも***を取り戻そうとするはずだ。それをしないと言うことは…漸くこいつらも何が正しいかを知ったのだろう。

「***の命令か」
「そうだ」

ますます、眉間に深い皺が寄る。憤りを吐き出すように息を吐いて、キッと視線を上げた。

「***を独りで行かせるわけにはいかない。通させて貰うぞ!」
「させん!!」

僕の言葉を皮切りに、双方が動き出す。ライルは僕のフードの中にハロを入れると、相棒を頼むぜ、とウィンクして弓を構えた。かつてのロックオンがそうしたように、魔術の込められた矢は真っ直ぐ放たれる。僕も杖を上げてスペルを唱えながら、倒壊を考慮しつつも術を放った。刹那独りで騎士を押さえるのは難しいと判断したのだろう、ライルは弓を背にすると、細身の剣を引き抜いて一歩踏み出す。
一人、また一人と倒れて行く。最後に残ったのはグラハム・エーカーともう一人、金髪の騎士で。たった二人になってもなお道を開けようとしない騎士精神に感嘆しながらも、最後に上級魔法を喰らわせるとさすがの第一師団も膝をついた。

「ッ…まだ、だ…!」

尚も立ち上がろうとするグラハム・エーカーに、僅かに眉を寄せる。本当にまっすぐで頑固な男だ。もとより彼の忠誠心は評価に値するものだったが、敵に回すと厄介なことこの上ない。

「おい、アンタいい加減にしろって。こっちは何も巫女を取って喰おうとしてるわけじゃないんだ」

剣を納めながら言ったライルに、グラハム・エーカーは僅かに眉根を寄せる。

「***は独りでヘルヘイムに向かおうとしている。それがどれほど無謀なことか、騎士団長である君なら分かるだろう」
「、…何故、巫女は独りで…」

ちらりとライルに視線を向けながら言ったグラハム・エーカーに、ライルはあからさまなため息をついた。

「俺じゃねぇよ。巫女と一緒にいたのは俺の兄さんだ」
「…?」
「…***が想いを寄せていた男は、***を護って悪魔に殺された」
「!」

はっと目を見開いたグラハム・エーカーに、俺は小さくため息をついて杖を下ろす。こちらにもあちらにも、もう戦う意思がないのは明らかだった。

「それで…巫女は…」
「このまま独りで行かせるわけにはいかない。独りで行けば、無駄死にするだけだ」
「…」

黙り込んだグラハム・エーカーから視線を外し、フードの中に入ったままだったハロを引きずり出す。回復魔法を掛けてやると少しは回復したらしく、俺の手の中でプルルと羽を震わせてみせた。

「ハロ、行けるか?」
『ダイジョブ、ダイジョブ!』

ふわりと宙に浮かんだハロはすぐに先程と同じくらいの大きさまでに膨張する。ハロの嘴を撫ぜたライルに促され、再びハロの上に乗った。

「グラハム・エーカー」
「…、」
「どちらに転んでも巫女は戻らない。…腐った枢機卿どもの対処を任せる」

***が芽生えを止めるにしろ、枢機卿たちをそのままにすればまた同じことの繰り返しだ。ぴん、と爪先で小さな鍵を弾きグラハム・エーカーに託す。彼がその鍵の意味を理解できるかどうかは分からないが、託すべきものは確かに託した。後は、後に生きる人間次第だ。降下していくハロは、すぐに小さな背中を視界に移す。螺旋階段の一番下、不自然にそびえ立つ白い扉の前に***はいた。扉と***の間に割り込んだハロに***は一瞬驚いたように目を見開き、それからほんの僅か眉を寄せて見せた。

「ティエリア…」
「馬鹿が、独りで足掻いてどうこうなる場所でないとあれほど…!」
「…」
「ティエリア!!」

刹那が俺の腕を引くのと、先程まで俺が立っていた場所に細かな雷撃が落ちるのはほぼ同時だった。信じられない思いで***を見れば、彼はまっすぐ俺を見て突き出していた腕を下げる。

「来ないで下さい」
「***…?」

ぱりっ、と僅かに電気を帯びた手先のまま、***は厳しい表情のまま言葉を続ける。

「私は、独りで行きます」






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