[携帯モード] [URL送信]
18


失敗したな、と失血でふらつく頭をなんとか覚醒させながら思った。刹那とティエリアは無事だろうか…、***は?重い足を必死に踏み出して、少し高い位置にある祭壇へ向かう。歩く度にぼたぼたと鮮血が落ちて、もう一度失敗したな、と心の中で呟いた。

(イタチの最後っ屁だな…)

身体を切り裂かれながら、最後の最後で俺を貫いた腕に苦々しい思いを感じる。鳩尾の辺りをとりあえずは押さえているが、指の間から溢れるように鮮血が零れて行った。

「ッ…」

がく、と膝から力が抜けて階段に座り込んでしまう。だんだん意識が遠くなってきて、くそう…と心の中で小さく毒づいた。

(***…)

「ニー…ル…?」

ふと名を呼ばれ顔を上げると、どこか悲痛な色を浮かべて俺を見る***が見えた。***もカースが進行したせいだろう、身を起こすのが精一杯、というように俺を見ていた。

「ッ…」

ずる、と身を引きずって、何とか階段を上って行く。最初は酷く傷んでいた傷も、だんだん痛覚が麻痺してきたらしく感じなくなってきた。

「ニールッ!!」

やっと***の横までたどり着いて、そのまま倒れこんでしまった。***が震える手で俺に触れて、抱き起こす。***が触れるところがいやに温かく感じて、ふ、と小さく息を吐き出した。

「ニール…そんなっ…、」

***はわなわなと震える手で俺の胸の辺りに触れる。じわりと滲んだ涙が俺の頬に落ちて砕けた。

「…***…、ごめん…な…?」

重い腕を伸ばして、そっと***の頬に触れる。自分の呼吸の音がやけにうるさくて、もう少し静かにしろよとどうしようもない不満を心の中で零す。ごつ、と***が俺の額に自分の額を当てて、言葉もなく涙をこぼした。
ああ、俺は***を置いて行くのか…。また、こうやって***の中に深い悲しみを残して。

(一緒に生きるって…決めたのにな…)

そっと、***の頬を撫でる。***は何かをこらえるように数秒目を伏せると、俺の唇にキスをして、無理に笑って見せた。

「…キスしたのは、貴方が初めてだったんです」
「、」

ふいにそう言った***に、場違いながら俺はぽかん、として***を見てしまった。それからじわじわとその言葉の意味を理解して、俺も笑みを浮かべて***を撫ぜる。

「…俺…が…?」
「はい」
「…そっか…」

酷く温かい気持ちになった。俺は、きちんと***に温もりを与えられていたんだと思うと、心の底から満足するのが分かった。触れるだけの口づけを交わして、くしゃりと***の髪を撫ぜる。***は気丈に笑っていたが、それはすぐにでも崩れてしまいそうな脆さを伴っていた。それでも尚、笑顔で送ろうとする***が酷く愛おしい。

「また…会えるさ…」

***の頬を撫でて、口を衝いて出たのはそんな言葉だった。俺達は惹かれ合う。何度でも、…何度でも、この世界でこうして巡り合い、…別れる。

「…待ってます」

ぎゅ…と***は力なく俺を抱き締めて、そう言った。弱く***を抱き返して、俺は視線を天井へと向ける。

(ああ…そうだ、ソナスの…象徴…)

持ってけよ、と祈りとは言えない言葉をかけると白い光が降ってくるのが分かった。喉の辺りが熱くなって、その不快感に僅かに眉を寄せる。***はどこか驚いたように俺を見ていた。その***の顔も、だんだんおぼろげになってしまう。

(***…)

音には成らない声で***を呼ぶ。おぼろげな視界の中、***が泣き崩れるのが分かった。ごめんな、という言葉はもう声にならない。

(…畜生…)

ゆっくりと暗闇の中に沈んでいく意識の中、小さく、死にたくないと呟いた。



***



ニール・ディランディが死んだ。

神殿の地下…俺達が目を覚ました頃には全てが終わっていて、***はただ静かにニール・ディランディの遺骸を抱いて蹲っていた。刹那は言葉もなく呆然とロックオンの死に直面し、俺はまた繰り返してしまったのだと唖然とした。ハロは二人の傍にただ静かに佇み、時たまにニール、と飼い主の名を呼んだ。

ニール・ディランディの遺骸はアースガルズへ運び、事の次第をイグニスY世に告げた。彼らもまた、刹那と同じように呆然としてニール・ディランディの死を受け止めきれないようだった。***はただ一言、家族を失った彼らに「騎士として恥じぬ最期でした」と告げ、用意されている客室に閉じこもった。俺ですら入室を拒絶されて、***は今もなお独りで絶望の淵に佇んでいる。

(くそっ…!)

ダンッ、と机を殴りつけて頭を抱える。リジェネの言葉通りだった。あいつは***がどうしたら傷つくかをよく理解している。わざわざ***が心を寄せたころを見計らって、***からロックオンを奪った。それを止められなかった己の不甲斐無さに言葉も出ない。

「…」

***は、立ち直れるだろうか。何を犠牲にしてでも世界を救うと、そう決めてイグドラシルを出た時とは…状況が違い過ぎる。

『だったらせめて、このまま安らかに死なせてあげなよ。幸せな夢を見たまま、さ』
『僕たちならそうしてあげられる』

頭の中でリジェネの言葉が繰り返される。あの時、リジェネの手を取っていれば***をこんな風に苦しめることもなかったんだろうか。俯き、存在したであろうあらゆる可能性に項垂れる。がっくりと肩を落とし、先の見えない暗雲の中静かに時が流れるのを感じていた。




***




真夜中の大聖堂。時間が時間だけに、人の気配のない大聖堂はしん、と静まり返っていた。祭壇の棺の中、白い薔薇に埋もれ静かに横たわっているニールを見つめ、私はそっとその冷たい頬に手を伸ばす。綺麗に整えられいて、私が今まで目にしたどの遺体よりも美しかった。本当に眠っているだけのようだ。少し揺すぶり起こせば、眠そうに眼を擦りながら動き出してくれるのではないかと妄想するくらいに…綺麗で、美しい死。

「…」

けれど知っている。この人は、もう二度と目覚めないと言うことを。
腫れぼったい瞼は幾分か重い。涙はもう出なかった。涙が涸れるほど泣いたのか、薄情な私の心がそうさせているのか、あるいは死の直前に交わした約束を支えにしているのか。死者を送るときは笑うものだと教えてくれたのは誰だっただろう。私は、きちんと笑顔でニールを送れただろうか。彼が心配してしまわないよう、きちんと…笑えただろうか。

「…」

神殿は私の祈りに呼応しなかった。それを聞いたティエリアは、静かにロックオンもまた巫女であったと告げた。口止めされていたが、当初からロックオンが象徴を捧げる予定だったと言う。そうしなければ…私の身体が、恐らくもたないだろうから、と。最後の最後までこの人は…となだらかな頬を撫ぜ、僅かに微笑む。
ニールを慈しむ気持ちは変わらない。愛したことを後悔もしていない。ただ、ぽっかりと心に空いた穴が哀しかった。幾度となく繰り返してきた行為、私はそれを黙殺して思考から締め出すことで生きてきた。けれど…今はそうする気持ちは湧かない。これは私への戒めであり、確かにニールと心を通わせたのだと言う証だった。

「ニール…」

ただ。
貴方を失ったという事実は重く私に圧し掛かっている。胸の上で組まされた手に己の手を重ね、閉じられた瞼をじっと見つめる。
私が、全てを奪ってしまうのだ。私だけが奪われているわけではない。私が心を寄せたばかりに、彼らの家族や知人、恋人に等しく悲しみを与えてしまった。きっと私はまた失うのだろう。これからも、ずっと。何度も、何度も。

「…」

もう、失うのは嫌だ。
そっと重ねた唇は冷たい。あんなに温かく触れられたというのに…私を初めて労り愛し触れてくれた人は、もう冷たく動かない。私は最後にじっとニールを見つめる。穏やかな死に囲まれた最愛の人に、一度だけ、愛していると告げ…私はそっと教会を、そしてアースガルズを後にした。




[*][#]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!