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フェロクスの中でも訳有りの人間がよく利用する宿屋に入って、ティエリアは***を連れて部屋に籠ってしまった。くぐもった叫び声を部屋の外で聞きながら、眉間に深い皺を寄せる。

「…***は大丈夫なのか」

ぽつりと問いかけた刹那に、俺は小さく頷いて見せる。刹那はじっと部屋の扉を見つめ、俺に視線を向ける。

「お前も大丈夫か」
「俺?俺は…」
「酷い顔をしている」

すっと手を伸ばされ、頬に小さな手が寄せられる。悲しいかな、刹那が伸ばしたのは左手で、頬に触れた刹那の手を視界に納めることはもうできなかった。

「…右目は、何も見えないのか」
「ああ。多少弓に支障はでるが…ま、その内慣れるだろ」
「…」

小さくため息をついて、刹那は俺の横に座る。

「あんたは無鉄砲すぎる」
「、」
「***は怒っていた。…もう少し言いようがあったんじゃないか?」
「…」

刹那の言葉に苦笑いを浮かべて、くしゃりと刹那の頭を撫でる。確かに刹那の言うことはもっともだった。

「…***と刹那は似てるよ」
「?」
「何も知らない子供だ。俺は刹那にしてやったみたいに、***にも色んなものを見せたい。それに…俺には"声"が聞こえた。ティエリアにも刹那にも聞こえないってことは…俺にも資格があるってことだろ?」

***は怒っていたが、こうして半分にできるのなら幸いだ。人間にはふたつ目があるのだから、その一つくらい失ってもなんとかなる。
刹那は呆れたようなため息をつく。

「ロックオンは***が好きなんだな」
「…」

言われ、鳩が豆鉄砲を喰らったかのように言葉に詰まってしまう。ゆるゆると固まっていた表情が解れる頃、そうだな…と俺は小さく頷いた。



***



「カースの進行が酷い…確かに定期的に進行はするが、これはその比じゃない」

苦い顔でそう言ったティエリアは、ベッドの中で死んだように眠る***を見ながら呟く。

「あれが原因か」

問いかけた刹那に、ティエリアは恐らく、と頷く。刹那の言うアレとは、泉の地下での一件だろう。象徴を捧げた後、***のカースは一気に進行した。恐らくは…最初からそう仕込まれていたんだろう。

「…大丈夫なのか」

まだ象徴はもう一つ残っている。普段進行するカースを含めても、ただでさえ削られていた***の残り時間はもつのかと心配になる。

「何とも言えない…」

苦々しげにティエリアはそう言って、額を抱えてしまう。***の介抱の後はティエリアも決まって衰弱していた。ティエリアも休むように言えば、彼は小さく頷いて席を立った。

「動くな!!」
「!」

瞬間、ドアが蹴破られて鎧を着込んだ騎士が部屋に雪崩れ込んでくる。刹那が***に寄るよりも早く雪崩れ込んできた騎士は俺たちを分断して、槍の切っ先を突き付けた。

「密告されたか…!」

鎧の紋章はアーサー帝国のものだ。小さく舌打ちするが、この状況ではどうしようもない。

「預言の巫女…間違い無いな。巫女殿をお連れしろ!」
「はっ!」
「賊も捕らえて連れて行け!」
「***!」

ベッドから運び出される***の名を呼ぶが、カースが進行した後で衰弱した***は満足に動くこともできない。後ろ手に拘束されては叫ぶことしかできず、僅かに伸ばされた手を取ってやることもできなかった。



***



がたごとと馬車は揺れる。一通り痛めつけられた後、俺達は帝都ミズガルズに向かう馬車へと詰め込まれた。ならず者の街だ。当然密告も予測していたが…あまりにもアーバー帝国の対応が早すぎた。

(くそ…どうする?)

一刻も早くミズガルズへ向かわなければ、ドラゴンが迎えに来てしまう。聖地に連れて行かれたら、それこそ絶望的だ。だが、ワイバーンを有する帝国軍と馬車では圧倒的なタイムラグが発生するだろう。何か打開策はないのか…と眉を顰めながら唇を噛み締めた。

『ロックオン、ロックオン』

ふと聞こえた声に顔を上げれば、狭い空気穴からオレンジ色の塊が無理矢理中に入ってくるところだった。

「ハロ!」

俺の声に、横で俯いていたティエリアが顔を上げる。ぱたぱたと汚れてしまった羽で飛んできたハロは、定位置である俺の肩に乗った。

『ハロ、オ使イ終了、終了!』
「ロックオン、その鳥…フェニックスですか」
「!…」

問われ、大人しく頷く。この世界で最速を誇るドラゴン…それと並んで称されるのが、雷鳥と呼ばれる一族だった。ドラゴンの中でフラッグが群を抜いて優秀であるように、雷鳥の中でも優秀な一匹がいる。それがフェニックスだった。本来なら"コレ"から俺の出所がバレてしまうため肯定したくないが…今は致し方ない。

「…フェニックスがいるのなら、ドラゴンよりも早くミズガルズへ行ける」
「でも、これじゃ…」

じゃら、と腕に付けられた手枷を示して言えば、ティエリアは小さく息を吐き出す。

「…刹那」
「、」
「君は、恐らく嫌悪すると思う。…できるなら知られたくなかった」
「何を…?」

疑問符を浮かべた刹那に応えることなく、ティエリアはぱさりと被っていたフードを後ろへ落とす。

「?!」

刹那同様、俺は思わず息を呑んでしまった。美しい紫色の髪の隙間から覗いているのは…硬質の、角だった。それと同じようなものを見たことがある。ティエリアのそれは根元でぽきりと折れてしまっているが、間違いなく…悪魔の角だった。

「悪魔…?!」
「どうして…」
「…俺は、***の傍使えだった」

ぽつりと語ったティエリアは、どこか遠くを見ながら言葉を続ける。

「初めは監視役だった。***のことは子供の時から知っている。…まさか、こんなことになるとは思わなかったがな」

どこか自嘲気味に笑ったティエリアは、そっと自分の折れた角に指を添える。鋭利な刃物で落とされたように綺麗な断面をしたそこは、真珠のように艶やかに光っていた。

「情が移ってしまった。だから…***がイグドラシルを出ると言ったとき、証として角を折った。悪魔にとって角は象徴だ。信じろと言う方が難しいかもしれないが…今は甘んじてほしい」
「…悪魔は、嫌いだ」

小さく呟いた刹那に、ティエリアは目を伏せる。

「だが、お前が***を慕っているのは知っている」
「!」
「そう言うことだ」

ニッとティエリアに笑みを向ければ、柄にもなく困惑したような視線を向けられる。重い手を上げてティエリアの頭を撫でると、彼は困ったように…笑って見せた。




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あきゅろす。
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