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Sleeping beauty

夜の葬儀場は、不気味なほど静かだった。
一人では怖くなるような暗い部屋だったが、幸村はむしろそれが心を穏やかにしてくれた。
天井の窓から注ぐ満月のかすかな明かりが会場のステージを照らしていた。
部屋に他に明かりは着いていなかった。
幸村は、列なす椅子の間をステージに向かってゆっくりと歩いていった。
ステージ上の溢れんばかりの真っ白な百合が月明かりで幻想的な風景を作り出した。
その百合に囲まれた黒く艶やかに光る箱の錠に、幸村は鍵を差した。
カチリ、という小さな金属音が大きな会場に響いた。
そして、幸村はどこかの洞窟の中に隠れてあった宝箱のように、箱を大事そうに開いた。
この表現は幸村にとって合っていた。
この大きな箱には、幸村の大切なものが入っていた。
幸村は箱の扉を開けた。
中には、誰から見ても端正な顔の男が入っていた。
月明かりの銀色と、箱と男の間を埋めるように敷き詰められた百合が、その男を神がかったような美しさに仕立てあげた。

「綺麗でござる、政宗殿」

幸村は微笑むと、慈しむように政宗の頬に手を添えた。
触れた肌は氷のように冷たかった。
箱の人の名は、伊達政宗、幸村の幼なじみだった。

政宗と幸村は家が隣で、互いの家族が親戚のようなお付き合いをしていた。
そのため二人は生まれたときから、兄弟同然のように育った。
小学校はもちろん、中学高校も同じところに通った。
互いが、誰よりも自分の理解者だった。
親友よりも親しく、兄弟よりも近い存在だった。
しかし、中学から幸村は政宗に対して違う心を抱き始めた。

恋心だった。

幸村も周り同様、思春期を迎えていたので、もちろん同世代の女の子を見ても可愛いと感じたし、ましてや男にそのような気持ちは抱けなかった。

政宗だけが特別だった。
政宗だけに、この胸は波打ち、高鳴った、熱かった。
しかし、幸村は政宗との関係を壊したくはなかった。
故に、焦がれる想いを胸奥底に閉まった。
重い錠をかけ、深海の底に沈めた。
決してこの想いが自分の身をこがさないように。

政宗が引っ越しても、二人の交流は途絶えなかった。
引越前のように、二人で遊んだり、互いの家には泊まりに行った。

昨日もそうだった。

家族がたまたまいない日に遊びに来た政宗が、久しぶりに自分のために自慢の料理を奮ってくれた。
大はしゃぎした幸村は、お代わりを何杯もした。
政宗は、幸村の食欲に呆れながらも、嬉しそうだった。
政宗の料理に満足した幸村は、政宗に礼を言った。
「ありがとう」と、満面の笑みを浮かべた、それだけだった。
一瞬大きく目を見開いた政宗は、ガタンと大きな音を立てて椅子から立ち上がったのも束の間だった。
政宗の行動に首を傾げた次の瞬間、政宗に口づけられていた。
突然のことに理解が追いつかないまま、幸村はベッドに押し倒された。
衣服は脱がされ、足は開かされた。
制止も抵抗も出来ないまま、幸村は政宗に抱かれた。
激しい行為だったにも関わらず、自分に触れる政宗の手は優しかったのを覚えている。

朝、裸で布団にくるまった状態で目覚めたとき、政宗はいなかった。
代わりに、携帯が震えていた。
そして、政宗の事故を告げられた。

政宗が家を出たのは夜明けらしい。
信号を無視して歩いていた酔っ払いを避けようとハンドルをきったが、突然の切り替えに重いバイクは耐えきれず転倒したそうだ。
体は嘘のように傷つかなかったのに、魂の脱け殻と化していた。

幸村は箱の中の政宗の上に跨った。
「某は重いですか、政宗殿」
ベッドに押し倒されたとき、体にのしかかった政宗の重さを直に感じた。
政宗と自分の体格の差は、結構あるのだと現実逃避のように考えていた。

幸村は体を支える腕を折り曲げて、政宗にキスをした。
触れた唇は乾燥していて、身が一瞬震えるほど冷たかった。
そして、政宗は決して瞼を開かなかった。
自分の口づけで、眠る美しい、愛しい人にかかった魔法は、解けなかった。
朝、自分を起こしてくれたのは、愛しい人のキスではなかった。
幸村は声も出せないまま、泣いた。
こんなことになるなら、好きだと伝えれば良かった。
あの夕飯を食べたとき、キスをされたとき、或いは行為中でも。
政宗が引っ越すとき、想いを抱いた中学でも良かった。
想いに鍵を掛けなければ、奥底に沈めなければ良かった。
大粒の涙は、みるみるうちに溢れて、頬を伝い、政宗の衣服に染みを作った。
衣服が濡れようと汚れようと、幸村は構わなかった。
むしろ、政宗の服に肌に、出来るだけ自分を染み込ませたかった。
どうせ明日には灰になってしまうのだ。

来たる朝は、伊達政宗の葬式だった。




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