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激しいエンジンの音を立てて、クルーザーは波を割いて進む。
船から身を乗り出し、聖は水面を睨む。
青いはずの水面は、ところどころ赤く染まっていた。
「この先にいるはずだ」
聖は血の跡を目で追い、ハンドルを握る神谷に呼び掛ける。

「構えときなさい」

雪の指示に絆、柚太、聖が咎刀を抜いて、各々の武器をとりだす。
全員が、来る怪物を待ち、息を潜めた。
静けさがかえって、緊張感を高めてゆく。
数分、いや数秒しかたたなかったかもしれない。
日差しの熱さか、震えからか絆の額から汗が一滴、床に落ちた。
その瞬間、水面が揺らめいた。

「うわぁ!」
「きゃあ!」

鈍く大きな音が響いたと思えば、船底から揺れが生じた。
衝撃の大きさに、足元がおぼつかず船の縁に捕まってやっとの状態だ。
怪物が船底に体当たりをしたのだった。
絆も懸命に手すりに捕まったが、海水をかぶったため滑りやすい。
大波が船を覆った瞬間、ついに絆の手は手すりを離れた。
「あぁぁ!」
「絆!!」
「やばい!絆、後ろが!」
海に放り出された絆を怪物が口を開けて待ち構える。
中の牙が棘のように鋭い。
誰もが目を閉じてしまいそうな瞬間、絆は刀を振りかぶった。
絆が斬りかかろうとしたそのとき、突風が怪物を襲う。
神谷が呼び起した鎌鼬だ。
神谷は宙を舞う絆に大きな声で叫ぶ。

「今だ!」

怪物が風に怯んだこのときを絆は逃さなかった。
腹の底から力を振り絞るように雄叫びをあげ、無我夢中で刀を振り下ろした。
刀は怪物の眉間に突き刺さった。
柔らかい肉に刀は深く食い込む。
運良く、急所だったらしい。
怪物は断末魔に悲鳴を上げる。
甲高いそれを間近で聞いた絆は耳だけでなく頭も痛くなった。
そして怪物の巨大な体は水面に吸い込まれていく。
一緒に海の中に落ちてしまう!
絆が眼をきつく瞑った瞬間、腕に痛みが走り、体がフワッと浮いた。
頭上を見ればが雪が子供ほどの大きなカラスに捕まり、絆を掴んでいた。
雪は絆を見下ろし、「よくやった」と笑った。
船上の柚太が「やったぁ!」と歓声をあげた。
船上に戻った二人に神谷と聖が駆けつける。
「怪我はないか!?」
「さすが、絆ちゃんは組織のルーキーだよ!」

が喜びもつかの間だった。

ゆらりと水面が輝いた。
海の底から光が溢れ出した。
光は水面に叩きつけられるはずの怪物を包み、まるで魔法のように海中に吸い込んだ。
怪物が海に溶けて消えたかと見えた。
いや、違った。穴だ!

光が出現した海面に穴がぽっかりと空いていた。怪物は穴に落ちたに違いない。
真っ黒なそれは、果てしない深さを感じさせた。

ゴトリ!!

船が一度大きく揺れたと思えば、突然動き出した。
ハンドルは誰も握っていなかった。
海水が穴に流れている。滝と同じ要領だ。
船は流れにさらわれているのだ。
神谷と聖はハンドルに転がるように駆けつけ、懸命に回す。
がハンドルは鉛のように重く、びくともしない。
二人の元に走った雪がエンジンを吹かした。
しかしガガガと故障したような音を出すだけで、流れに逆らえない。
「くそっ…!!」
ハンドルを握る二人の腕は震え、汗が額を滑り落ちる。
怯える柚太を絆はとっさに抱きしめた。
そうしている間にも船はどんどん穴に近づく。
穴は予想よりも大きく、運動場も入りそうだ。

船尾が海面を抜け、穴に入りかかった途端、船は簡単にバランスを崩した。
重い船は嘘のように浮いて傾いた。
5人は鞠のように空中に放り出された。
「いやぁぁぁ!!」
「うわぁあ!!」
絆は空に手を伸ばした。
そこに掴むものなどないのに。
最後に見えた太陽が絆の無駄な抵抗を笑うかのようにキラリと光った。
絆は気を失った。


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