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笑顔の追憶



笑顔の追憶



『昌浩』

昌浩の頭を大きな手が優しく撫でた。
その人はどんな人よりも優しく、あたたかかった。
そして、その人の笑顔と優しい手が昌浩は好きだった。

- * - * -


「……」

なぜだろう。
その人のことを思い出せない。
自分が幼かったこともあるのだろうが、朧気にしか思い出せない。
まるで思い出してはいけないみたいに。

「昌浩、そろそろ起き……どうした?」
「え?」

小さく開いた妻戸の隙間から室内に入り込んだ物の怪は、昌浩の前に座った。
悲しそうに揺れる夕焼け色の瞳を昌浩に向けながら、物の怪は黙り込んでしまった。
昌浩の瞳から一雫の涙が頬をつたって流れ落ちていった。

「懐かしい夢を視たんだ……」

ずっと昔、あの人に出逢った。
あたたかくて優しい手と笑顔。
あの時、満たされていた心に今は穴が開いてしまったんだ。
驚きと戸惑いで、紅蓮の腕の中で忙しない動きをする昌浩に向けられた表情は軟らかかった。

「ぐ、れん……?」

恥ずかしさから紅潮させた両頬に手を当てて、不思議そうに昌浩は紅蓮を見上げた。
愛おしそうな瞳を昌浩に向け、ふっと紅蓮は笑った。
どこまでも優しく、あたたかい微笑み。
昌浩の手が空をさ迷った後、紅蓮の両頬に当てられた。
紅蓮の額に昌浩の額が当たって、顔がありえないくらい近い。

「紅蓮はあったかいね」

紅蓮は不意打ちと言わんばかりの顔をしていた。
無邪気な笑みを紅蓮に向け、昌浩は紅蓮の頬に当てた手を下ろした。
紅蓮は昌浩をきつく抱き締めた。
腕の中に閉じ込めて、艶やかな黒髪を撫でた。
優しく何度も。
昌浩が下から見上げると紅蓮は笑っていた。
いつもは見られないはずの表情。
それは、とても優しげだった。
俺は、この笑顔を知ってる。
好きで好きで、何よりも大好きな笑顔。
名前を呼ぶと必ず見せてくれる笑顔。
あの人の笑顔。
不意にその笑顔が掻き消えて、愛しい者を見る目に変わった。

「昌浩」

そっと頭を撫でる手が懐かしい。
俺は、このあたたかい手を知っている。
幼い頃、俺が泣いている時に優しく撫でてくれた手と同じ。
あの人の手。
紅蓮の表情が、手が、優しさが、あたたかさが、そして俺を見るその瞳が。
すべて、あの人に酷似している。
そう思うと酷く切なくて、胸が苦しくなる。
しかし、同時に違う感情が湧き上がってくる。
早鐘を打つ心臓も身体の奥から熱くなっていく感覚も。
すべてが、好きという感情に突き動かされているにすぎない。
もしかして、あの人は紅蓮だったのだろうか。

「ね……紅蓮、俺の」

しかし、昌浩は途中で言葉を紡いだ。
もし違っていたら?
紅蓮は今のままでいてくれないかもしれない。
その思いが昌浩を縛って、真実へと導いてはくれなかった。
昌浩は紅蓮の背中に回した手に力を入れた。

「紅蓮、離さないで……」

繋いだその手を。
俺の心に秘められた想いを。
ずっと紅蓮で繋ぎ止めて離さないで。
嗚呼、こんなにも好きなんだ。
止まらない思いが、こんなにも苦しい。
俺は思ったより、目の前の男を好いているようだ。

「紅蓮、好きだよ」
「俺はそれ以上に愛してる」

こんなにも易々と恥ずかしい言葉を口にする男をとてつもなく好きで好きで仕方がない。



*END



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