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告げられぬ想い



告げられぬ想い



いつの間にか繋いでいた手は離れていた。
もう戻れないところまで俺は落ちてしまった。
一族は二人だけになってしまった。
俺が愚かだったばかりに、もゆらを死なせた。
大事なものを自分から手離した。

「たゆら」

名を呼びながら、もゆらの片割れの毛を撫でた。
この毛並みにいつも彼は寄り添っていた。
今も鮮やかに見える彼の姿。
ひとり、年の離れた彼は俺の兄のような人だった。
そして、いつも無茶ばかりする俺ともゆらを心配するのだ。
優しくて、物知りで、けど心配性で、怒ると怖いのだ。
いなくなった今でも彼の怒鳴り声が聞こえる気がする。

『比古っ!』

甦るのは彼と過ごした十数年の年月。
幼い頃から当たり前のように側にいて、名を呼べば応えてくれる。
彼は俺のすべてだった。
今はもう過去形になってしまったけれども、心にぽっかりとできた穴は塞がることなく、もういない彼を想っては穴を広げていく。
指でたゆらの毛を弄びながら、彼もこんな風にたゆらに触れたのだろうかと思う。

「たゆら」
「どうした?」
「真鉄も……」

彼の名を口にした途端、たゆらの体がぴくりと動いた。
きっと、たゆらも彼のことを思い出したのだろう。
寂しそうに歪められたその瞳が、俺より少し長い間彼の傍らにい続けたたゆらの寂しさだと気づいた。

「比古は寂しいのか?」
「……寂しいよ」

寂しくないわけがない。
彼がいなければ、俺は何もできない。
なのに俺は最期の最期まで彼に大事なことを告げることができなかった。
好きだと告げる前に彼はいなくなってしまった。
戻ることのない時間をただただ悔やんだ。
悔やんでも、悔やんでも、悔やみきれない。
“死に別れ”という一番悲しい別れ方をした俺は、いつまでも告げられぬ想いを胸に抱き続ける。
心を埋め尽くすのは、彼を失ったことの絶望感。
彼はもうそこにはいないのだと、何度も言い聞かせた。
自然と頬をつたい落ちる雫を隠すようにあたたかい毛並みに顔を押し付けた。
落ちていく雫がこの想いも一緒に流してくれたらいいのにと思ったのは、また別の話。
けれど俺たちは、新しい未来を歩き始めている。



*END



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