それは裏切り
恋でもない。
愛でもない。
では、この気持ちは何だ?
- * - * -
「何してるんだ?そんなとこで」
風呂からあがり、寝ようと部屋に入るとベッドに青龍が腰を下ろしていた。
この男は、先月からずっと昌浩を殺そうとしている殺し屋というやつだ。
鋭い眼光で睨まれれば、誰しも動けなくなる。
昌浩は茫然と青龍を見た。
こんな奴が敵なのかと思うと、気が狂いそうだった。
「おかえり」
「……ただいま、じゃなくって、何してんだ!」
月が高くなる刻限。
怒鳴っても目の前の男にはなんの効果もない。
昌浩は諦めて小さく溜息を吐くと、不意に腕を引かれて抱きしめられた。
少し甘い香りが鼻先を擽る。
心臓の音がやけに煩い。
その答えを出すのは簡単だが、出してはいけない気がして思考を閉ざした。
「髪、乾かさないと風邪ひくぞ」
言いながら青龍は昌浩の手からタオルを奪い、髪を拭き始めた。
その心地よい感覚に昌浩は目を閉じる。
「何しに来た」
突っぱねれば、大袈裟に溜息をつく音が聞こえる。
それにむっとして、昌浩は青龍の腕を振り払う。
乗せられて、巻き込まれるのは御免だ。
「近くまで来たから、寄っただけだ」
「ふぅん」
興味なさそうに欠伸をひとつすると昌浩は青龍を押しのけて、布団の中に潜り込んだ。
青龍の言葉は、嘘だ。
いつも昌浩の近くにいる。
殺す機会がないかと、狙っているのだから。
「寝るのか」
「俺は機嫌が悪いんだ、帰れ」
「恋人にその態度はないだろ」
「な、……!」
恐ろしい響きの単語を聞いてしまった昌浩は飛び起きた。
腕をベッドに縫いとめ、青龍は愛らしい唇に己の唇を重ねる。
「昌浩……」
囁かれて、甘い口付けが何度も降ってくる。
甘く痺れるような毒とも言える口付け。
それは、いけない行為だとわかっているのに。
どうしてもその口付けを拒絶することは出来なかった。
「せいりゅ……」
その声で名を呼ばれるだけで、歯止めが効かなくなる。
昌浩は瞳を閉じた。
何も見ない為に。
これが恋というのなら。
これが愛というのなら。
これ以上の罪があるだろうか。
待ち人を裏切ってまで、罪を重ねていく。
痛む胸を押さえて、昌浩はきつく眼を閉じた。
きつく閉じられたその眼から一雫の涙が静かに流れていた。
いけないことだとわかっているから。
*END
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