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紫苑



紫苑



あの時はいろいろあった。
川で昌浩を見つけて助けた。
年の頃も似ていたから友だちになれると思ったから。

なのに、お互い何も知らなくて、次に会った時は目の前にいる俺たちは敵同士だった。
俺の気持ちは揺らいでいた。
けど、覚悟を決めなきゃいけなかった。


昌浩を殺すと。


さっきまであんなに近かったはずの二人の距離はとても遠くなった気がした。
本当はとても近いのに。

「道返しの……」

俺は何度も繰り返した。
あいつは敵だ。
だが、敵だと知っても昌浩は何も変わらない。
変わったのは、俺だ。
昌浩は敵だ。
隙を見せてはいけない。
覚悟を決めろ。
殺られる前に殺らなければ、俺が死ぬんだ。
自分に何度も言い聞かせた。

「お前なんか……助けなければよかったっ!」

本当にそう思った。
お前にさえ出会わなければ、俺はこんなに迷ったりしなかった。
いや、あの時、川に行かなければよかった。
そうすれば、昌浩はあの場で死んでいて、出会うこともなかったはずだった。
自分の手にかけなくて済んだ。

「お前たちさえいなければ……」

俺は唇を噛み締めた。
とうの昔に決めたではないか。
死んでいった一族の為にも、覚悟を決めろ。


……昌浩を殺すと。


でも、俺には昌浩を殺すことはできなかった。
どこかに迷いがあったから。
どこかに嫌だと思うものがあったから。

- * - * -


自分の立っている場所はどこにもない。
昌浩のいるところ以外には。
俺はあの闘いの後、安倍邸に居候している。
毎日が単調なことの繰り返しで、出雲より都は賑やかだ。
昌浩は、今日から物忌み。
部屋に籠もって、書物を読む昌浩を俺は眺めている。
時折、指に昌浩の髪を絡ませながら一人遊んでいた。

「……比古、あんまりくっつかないで」

昌浩が心底、嫌そうな顔をするものだから小さく詫びて、離れた場所に腰を下ろす。
何度も昌浩を見て、その度に昌浩は嫌そうな顔をする。

「昌浩、それ面白い?」
「うん」

こっちを見ずに昌浩は短く一言だけ返した。
それが嫌で、比古は昌浩に近寄って、その手から書物を奪い取った。

「比古!返せ!」
「やだね」

しばらく睨み合いを続けた後、昌浩は溜め息をひとつ漏らした。
呆れた瞳で比古を下から見上げる。
少し潤んだ瞳と暑さのせいで赤く染まった頬。
膨れっ面で昌浩は比古に問う。

「で、何がしたいんだ?」
「昌浩……その顔、反則」

そう言って、比古は昌浩を抱き寄せた。
昌浩は意味のわからない言葉を何度も繰り返して、暴れていた。
やがて、暴れるのに疲れたのか、昌浩は動かなくなった。
お互いの鼓動が妙に煩く感じる。

「昌浩は書物ばっかり」
「へ?」

ふと、呟いた言葉。
昌浩は間抜けな声を比古の耳元で上げた。
耳に吹きかかる昌浩の息が、比古の耳を擽った。
一瞬で理性を奪われた比古は、昌浩の唇を奪った。
昌浩は甘い声を上げて、比古に更にきつくしがみつく。
唇を離した比古は昌浩の肩口に顔を埋めて、唇を動かした。

「ねぇ、昌浩……初めて会った時のこと覚えてる?」
「うん」

傷を負った昌浩。
そんな昌浩を助けた比古。
敵同士だった二人の出逢い。
それは間違いでも偶然でもなく、必然だった。
神様が引き合わせた運命。
決して、交わることのなかった星の運命が動いた。

昌浩という存在に。



*END



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