願い事
今日が何の日か知ってる?
年に一度だけ、本当に一度だけ、愛しい人に逢える日。
織り姫と彦星は、今日だけ逢うことが許され、引き離された。
悲しい悲しい話。
- * - * -
「兄様」
突然部屋を訪ねてきた昌浩に驚きながら、紅蓮は中に招き入れた。
ベットの上に昌浩を座らせ、その隣に紅蓮も腰を下ろした。
「どうしたんだ?」
「えっと、あ……これ書いて欲しくて」
差し出された長方形の紙を見て、紅蓮はわかった。
今日は七夕なのだ。
願いを書いて、笹に飾るという日。
「書いとく」
そう言われて、昌浩は嬉しそうに部屋を出て行った。
紅蓮の部屋を出た昌浩は、縁側まで走った。
そこには短い黒髪の女が背を向けて座っていた。
「姉様」
その後ろ姿に昌浩は声を掛けた。
この人は、昌浩の姉である。
血の繋がった姉ではないのだが、慕っている勾陣である。
勾陣は、くるりと昌浩の方に振り向くと聞いた。
「昌浩、渡せたのか?」
頬を紅潮させて、昌浩はこくりと頷いた。
その様子を勾陣は微笑ましく思いながら、周りを気にしていた。
「太裳、いい加減出てきたらどうだ」
勾陣にそう言われて、現れたのは太裳だった。
いつもの微笑を浮かべながら、昌浩の肩に手を置いた。
しかし、その手さえも勾陣に軽く払いのけた。
「で、隠れて何が聞きたかったんだ?」
「いえ、私に昌浩が来てくれなかったので……ちょっとした嫉妬ですよ」
「恥ずかしいことを簡単に口にするな」
勾陣に窘められても太裳は微笑したままであった。
昌浩は恥ずかしそうに顔を伏せて、指を絶え間なく動かしていた。
大きく溜め息を吐いた勾陣は、手に持っていたペットボトルを投げた。
「な!勾陣、何するんだ!」
顔の前で掴んだペットボトルを片手に青龍が現れた。
今日はいつもより機嫌が悪いようで、眉間の皺が多かった。
「お前こそ、隠れて何をしていた?」
「俺はたまたま此処に来ただけだ!」
「ほぉ」
見下すように青龍を見る勾陣を敵にしたくないな、と思う昌浩を後ろから伸ばされた腕が抱き締めた。
すぐ傍に感じる体温。
身体が無意識のうちに熱を帯びてゆくのがわかる。
「おい、あんまり昌浩にちょっかい出すな」
耳元で愛しい人の声がする。
擽ったくて、抱かれている身体が熱くて、昌浩は黙っていた。
「昌浩は俺のなんだから」
と紅蓮が言うと勾陣が思いっきりペットボトルで紅蓮の頭を叩いた。
「誰がお前のものだって?あ゛ぁ゛」
その時の勾陣は、いつもの数千倍は怖かった。
紅蓮は頭を擦りながら、勾陣を睨みつけていた。
いや、紅蓮が皆に睨みつけられている。
青龍に太裳、いつから居たのか六合まで。
もはや、目には見えない戦いの幕が上がってしまったようだ。
「あ、っと兄様……お願い事、書いてくれましたか?」
天使の如き微笑で昌浩は紅蓮に聞いた。
紅蓮はポケットから小さく折られた紙を取り出すと、昌浩に渡した。
中身を読んだ昌浩は頬を赤らめて、紅蓮を見上げた。
「俺も……です」
その短冊に書かれていた言葉は、二人だけの秘密。
*END
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