[携帯モード] [URL送信]
小さな思い出



小さな思い出



『じぃさまっ!れん、どこ?』

駆け寄った幼い子供は白い狩袴の老人に問う。

『はて?紅蓮や……昌浩が捜しとるが?』

老人のすぐ傍に隠形していた青年は、子供の前に姿を現した。
金の瞳とざんばらで燃えるような紅の髪、光が反射して鈍くきらめく額の金冠。
青年は子供の目線までしゃがみ、片膝を地についた。

『れんっ!まさひろのこときらい?』

突然の質問に金の瞳が揺らぐ。
その様子に老人は衣の袂を口元に当て、苦笑していた。
そして、青年は言った。

『そんなわけないだろ………』

- * - * -


「うっ……」

まだ日が昇っていない暗い朝。
何だってあのような夢を見たのだろうか。
疑問に思いつつ昌浩は、そろそろと体を起こす。
いつもより体が軽い。
すぐ傍で丸くなっている物の怪の姿を見つけ、起こさないようにそっと背を撫でた。

「あれ?」

昨日より小さくなっている手。
目の錯覚だろうか。
昌浩は瞼を擦って、もう一度確認した。

「ちいさくなってる……」

手だけではない。
全てが小さくなっている。
小さくなった肩から単衣がずり落ちた。

「もっくんっ!もっくんっ!」

慌てて物の怪を起こす。
物の怪はどうした、と眠そうな瞳をこちらに向けた。

「昌浩……?」

物の怪は目を丸くして、名を呼ぶ。
無理もない。
今、目の当たりにしている昌浩は三、四歳そこそこの子供の姿をしているのだ。

「もっくん……どうし」

そこに昌浩を起こしに母の露樹が部屋を訪れた。

「昌浩、そろそろ起きたほうが……」

妻戸を開け、床に目をやった露樹は妻戸を静かに閉め、もう一度開けた。
やはり見間違いではない。
この部屋にいる筈の自分の息子が小さくなっている。

「昌浩っ?!」

露樹は驚きの声をあげた。
その声を聞きつけ、吉昌と晴明は現れた。
晴明はあらかじめ知っていたかのように苦笑した。

「晴明っ!どういうことだ?!」

物の怪は、衣の袂を口元に当て苦笑している晴明に怒りをぶつけた。

「紅蓮や、時が経てば昌浩は元に戻る……そう怒るな」

どう考えても、晴明が何かしでかしたに違いない。
物の怪は確信を持ち、晴明を睨み付ける。

「老人はいたわるものじゃぞぉ」

持っていた扇を広げ、また閉じて言った。
どうやら、反省はしていないようだ。

「晴明、そのうち本気で嫌われるぞ?」

溜め息混じりに物の怪は言った。
晴明は心配ないと言って、昌浩の部屋から出て行った。
吉昌は呆然とその場に立ち尽くしていたが、出仕しなければならないのでいそいそとその場をあとにした。
露樹は、昌浩の服を探しに出て行った。
部屋に取り残された昌浩と物の怪。
昌浩は何がなんだかわからず、うーだのあーだのと唸っていた。

「もっくんっ!どうしよ、しゅっしできない……」

安倍昌浩病弱説が成り立つだの、敏次殿に怒られるだのと騒ぎ立てる昌浩を哀れんだ目で見ることしかできない物の怪だった。

「にしてもだ……お前ら、入ってきたらどうだ?」

ふと昌浩が妻戸に目をやると太陰と玄武が覗いていた。
太陰は物の怪の言葉に躊躇いつつ、ゆっくり中に入った。
玄武はそんな太陰の後に続いて入ってきた。

「ま、昌浩が心配で来たのよっ!」

決して昌浩が小さくなったから見たくて来たんじゃないわ、と続けて言った。
つまりは、見たいから来たのだと太陰は言っている。

「本当に小さくなったのね」

満面の笑みを浮かべて昌浩を見る太陰に、少々呆れ気味の玄武は、物の怪の隣に腰を下ろした。

「晴明か……」

昌浩に聞こえない程度に声を潜めて玄武は物の怪に言った。

「あぁ、間違いない」

物の怪もまた、声を潜めた。

「全く、晴明は何を考えているのやら」

見た目に関わらず、玄武は大きく溜め息をついた。

「まっ、いいんじゃないか……」

物の怪は半ば悪戯好きの老人に呆れつつ、小さくなった昌浩を見て愛しそうな視線を向ける。
やれやれと言わんばかりに玄武はその場を離れた。
太陰もその気配に気づき、騰蛇と一緒は嫌だと言わんばかりにその場を逃げるように立ち去った。

「もっくん、もっくん、ひとえがおもくてあるけない……」

うるうるした瞳を向けられ、物の怪はゆっくり立ち上がる。
瞬きの間に物の怪は消え、長身の青年が現れる。
燃えるような紅の髪に透き通る金の瞳、額に鈍くきらめく金冠。

「ぐれんっ!」

十二神将、騰蛇とは彼のこと。
彼に与えられた二つ名を呼ぶことが許されているのは、安倍晴明と昌浩のみ。
紅蓮は、太陰によって茵から遠くに引きずり出された昌浩を軽々と肩に乗せた。

「茵の上でいいか?」

低めの声で紅蓮は聞いた。

「うん」

小さくなった昌浩は紅蓮の忘れかけていた昔を思い出させてくれた。
昌浩は懐かしげに笑う紅蓮を見て、急に寂しくなった。
自分の知らないところを見ているように思えたからだ。

「ぐれん、なんかうれしそう……」

茵に下ろされた昌浩は、小さく呟いた。

「そうか?」

紅蓮は昌浩の頭をくしゃっと撫でた。
昌浩は眉を顰めた。

「昔を思い出したからな……」

紅蓮は昌浩に指を一本差し出した。
昌浩は差し出された指を小さくなった手でぎゅっと握った。
小さかった頃、昌浩はよく紅蓮の指を握った。

「この癖もな」

紅蓮は小さく笑って見せた。
自分より小さなこの手はいつも自分を救ってくれる。
許されない過去の過ちを許されたように錯覚させられる。
小さなその手で全ての運命を変えていく。


*END



BACK/TOP







あきゅろす。
無料HPエムペ!