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39℃



39℃



昌浩が突然、熱をだした。
三十九度もの高熱を。

あれから三日もの間、昌浩は床に臥せっている。
先程から昌浩のもとには、太陰、玄武、天一、朱雀、六合、勾陳、晴明、彰子。
そして、あの青龍までもが心配をしてひっきりなしに訪れてくる。

- * - * -


ようやく誰も訪れて来なくなった頃、部屋の隅で丸くなっていた物の怪が近寄り、溜め息混じりに昌浩の頭を撫でながら呟いた。

「昌浩、お前最近無理してたから」

紅の瞳が一瞬揺らいだ。

「平気だよ……ねぇ、紅蓮」

床の中で笑いながら昌浩は、“紅蓮”と呼んだ。

「どうした、昌浩?」

心配そうな顔と驚いた顔の両方を覗かせてくる物の怪。
それもその筈だ。
普段、昌浩は物の怪の姿のときは“もっくん”と呼ぶ。

なのに昌浩は今、“紅蓮”と呼んだ。

「好きっ……」

驚くべき一言。
ここは突っ込むべきなのだろうか?
物の怪は本気で悩み、言葉を返した。

「何が?」
「紅蓮が」

少し硬直したのち、口をパクパクさせていた物の怪だったが、すぐに言葉を発した。

「な、何言ってるんだ昌浩!熱が上がったんじゃないのか?」

昌浩の額に物の怪は白い手を当て、確かめる。
一拍を置かずして、昌浩の手が物の怪の手を払い除けた。

「紅蓮のことが好きなんだっ!」

頬を赤らめ、ふらふらしながら身を起こした昌浩は俯き加減に怒鳴った。

「昌浩、お前おかしいぞ?」
「何が?」

はぁ、はぁと荒い息を整えながら、昌浩は言った。
物の怪は下から昌浩を見上げて、横になるように言い聞かせる。
とは言っても、そんなことを聞くような子ではないことは百も承知だ。
物の怪は、半ば諦め気味にもう一度聞いた。

「で?何が好きなんだ?」
「紅蓮」

すぐに返ってくる答えに物の怪は次第に不信感を抱き始めた。
もしや、これは夢なのではないかと。

「もう一度聞くぞ?何が」
「紅蓮って言ってるじゃん!」

何度聞いても一緒だろう。
物の怪は諦め、昌浩がなぜこんなことを言い出したのかを探ることにした。

「急にどうした?」
「だって、紅蓮が、紅蓮が……好きなんだ」

物の怪は目に涙を溜めて懸命に自分を見てくる昌浩が、とても愛しく感じられた。

「何かあったのか?」

愛しさに流されかける感情をなんとか押し殺し、もう一度問う。
昌浩は少し籠もった声音で答えた。

「天一が紅蓮はすぐにいなくなるから、繋ぎとめないと駄目だって……」

その言葉に物の怪は、余計なことをと内心思った。
だが、決して口に出すことはない。
昌浩の目に溜まっていた涙は、頬を伝って一瞬にして流れ落ちた。
その様子に物の怪は慌てた。
昔から、この子の涙には弱い。

「俺が昌浩を置いていなくなったりしたか?」

紅の瞳が真っ直ぐに昌浩を見つめて言う。
物の怪は優しく、昌浩の目から流れ出す涙を舐めた。
昌浩はくすぐったそうにして、ゆるゆると瞼を上げた。
二度と自分の前からいなくならないでほしい。
傍にいないことがあんなにも苦しいことだとは知りもしなかった。
ずっと、ずっと、ずっと。
そんな目で自分を見ている昌浩に物の怪は気付いた。

「わかったから……離してくれ……」
「あ、ごめん……」

しっかりと掴まれた手を物の怪が見やると、昌浩がパッと手を離した。
無意識のうちに掴んでいたのだ。
物の怪は昌浩の頭をそっと撫でた。

「昌浩は心配性だな……俺はここにいるから安心しろ」

温かい。
ゆるゆると目を閉じていく昌浩に物の怪はずっと呼びかけていた。

「ここにいてやる」

物の怪は薄く笑った。
昌浩は、物の怪をしっかりと胸に抱き、二度と自分から離れていかぬようにとそっと願った。

「うん……ずっと一緒にいて」
「ずっとな」

お前は俺に射した一筋の光だ。
いつだって俺に手を差し出してくれた。
たったひとつのかけがえのない存在。
望むなら、ずっと、ずっと傍にいよう。
それが、お前の望みなら。

俺はお前の光になりたいとそのとき思った。



*END



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