stand by me
深い。深い。深い暗闇。
見えない。聴こえない。ここはどこ?
怖い。
急に視界は開けて、目の前に白い影が現れる。
小さくて、白い物の怪。
手を伸ばせば届くところにいた。
『もっくん?』
物の怪は自分に背を向けて、どんどん遠ざかっていく。
追いかけても自分は追いつけない。
『もっくん!待ってよっ!どこ行くのさ?!』
ふと気付けば、物の怪と自分の間には見えない壁があるのだ。
いくら叫んでも物の怪にその声は届かない。
『紅蓮―――――っ!』
- * - * -
「……浩、昌浩、昌浩」
自分を呼ぶ声に気付き、はっと目を開けると物の怪が心配そうに顔を覗かせていた。
「もっくん……」
「どうした?魘されてたぞ?ぉっ、おぃ……」
心配そうにしている物の怪をしっかりと腕の中に抱き寄せた。
温かい。
今は、こんなにも近くにいるのだ。
物の怪は嫌がる素振りも見せず、何も言わずに昌浩の腕の中に納まっていた。
「夢、見たんだ……すぐそこにいるのに、手が届かない……」
自分からどんどん遠ざかっていくこと。
見えない何かが、自分たちの間にあって声が届かないこと。
そして、遠退いていく物の怪。
それが何より悲しかった。
また自分から物の怪を奪われるのではないか。
物の怪が、自分から離れていってしまうのではないか。
昌浩の脳裏に不安がよぎる。
「もっくんはもう、いなくなったりしないよね?」
「当たり前……だろ」
その言葉は、物の怪の小さな胸を締め付けた。
神将は人を傷付けてはならない、殺めてはいけない。
紅蓮はその身で三度、理を破った。
主である晴明を殺めかけたこと。
人を殺めたこと。
そして、自分が守ると決めた昌浩を傷付けたこと。
何度となく自分を責め続けた。
それでも、自分は昌浩の傍にいることを許された。
果たして、それは本当に許されることなのだろうか?
罪が紅蓮の頭の中を駆け巡る。
物の怪の紅の瞳が一瞬揺らいだ。
昌浩はそれを見逃さなかった。
「ごめん……嫌なこと聞いた……」
昌浩は唇を噛み締め、物の怪をギュッと強く抱き締めた。
それまで黙っていた物の怪は不意に口を開いた。
「もう寝ろ……明日も早いんだろ?」
「もっくん……このまま寝てもいい?」
寂しそうに呟いた昌浩に物の怪は無言で頷いた。
「ありがと」
そういうと昌浩は瞼を下ろした。
物の怪もまた、夢へと旅立った。
『もっくんやーい』
温かい眼差しが自分に向けられている。
お前はいつもそうやって俺に手を差し伸べる。
暗く、冷たく、寂しい場所に一人でいた俺を眩しいくらいの光で、救い上げたのもお前だ。
そして、俺の罪を全て知っても尚、お前は俺に手を差し伸べてくれる。
『もっくんの瞳は夕焼けみたいだね』
そう言って笑ってくれる。
どんなに望んでも、どんなに願っても決して手に入れることのできなかった。
昌浩という名の光。
これから先、どんな苦難があったとしても手離すことのないように自分が守ると決めた。
小さくて儚いけれど、決して消えることのない光。
「もっくん、ずっと一緒にいてね……」
物の怪を抱き締めた少年は、一筋の涙を流して言った。
*END
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