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Aquarium



Aquarium



今、君はどこにいるのだろうか。
今、君は何をしているのだろうか。
今、君は――――――。

「どこ行ったんだ……馬鹿」

小さな小さな声で、ここ最近胸の内に秘めていた不満を漏らした。
何も変わってないのに、いつも隣にいる雨丸がいない。
どうして、こうなってしまったのか。
どうして、雨丸がここにいないのか。
小さな頭で考えてもわからない。

「班長」

嗚呼、懐かしい声がする。
だけど、これはきっと夢だ。
雨丸はここにはいない。
数日前に行方がわからなくなってしまったのだから。
だから、きっと俺は自分に都合の良い夢をみているのだろう。

「王太班長」

うっすらと上げた瞼のその先にぼんやりと見えるその姿を間違うはずがない。
探したのだ。
何時間も、何日も、自分を見失ってしまうほどに。
いつからだろうか。
一人に慣れていたはずなのにいつの間にか、一人では生きられなくなっていた。
俺は思っていた以上に雨丸がいないと何もできなくなっていた。
それこそ、一人では息をすることさえ、できなくなっていた。
雨丸がいないと俺はもう生きていくこともできない。

「……さ、めまっ……」

いつもと同じ笑顔なのに、無邪気な笑顔なのに、俺には残酷な笑顔に見えた。
俺より少し高い位置にある雨丸の蜂蜜色が揺れる。
それが、闇に浮かぶ月のように手を伸ばしても届かない。

「ねぇ、班長……お別れだよ」

水の中に落とされたように息ができない。
いつも俺はどうやって呼吸していたのだろうか。
俺は、もう一人では息の仕方さえわからない。
こんなにも弱くなってしまったのは、いつからだろうか。

「ばいばい」

絶望を突きつけられた。
雨丸は前に進み、俺は立ちどまったまま後ろを振り返る。
真っ直ぐ進み続ける雨丸を引きとめたいのに声が出ない。
掠れた空気の音が、悔しくて虚しかった。
嗚呼、俺はもう一人では生きていけない。


















「……う……んちょう、班長」

重い瞼を上げる。
最初に映ったのは、雨丸の泣きそうな顔だった。
どうして、その疑問しか出てこない。
そして気づく、今までのことは長い夢だったのだと。
近い未来、雨丸に裏切られる日がくるかもしれない。
それでも、その一瞬まで唯一のパートナーでいたい。

「ど、した……雨丸?」
「班長が、俺の名前を泣きながら呼ぶから……」

雨丸の瞳から零れる涙を見て、俺は愛しくなった。
俺は雨丸がいないと息の仕方もわからなくなる。
雨丸もまた同じなのだと。
夕日に照らされてオレンジに光る髪を優しく撫でた。

「俺はここにいるよ」

どこにも行かないよ。
雨丸以上に心から愛おしく思える人などいないのだから。
俺が生きるには雨丸が必要で、雨丸が生きるには俺が必要で。
そんな依存関係だとしてもいいと思う。

「班長……泣いてます?」
「え?」

今初めて頬をつたうものに気づいた。
それは安堵や嬉しさとは違う虚しさからくるものだった。
いつか雨丸がいなくなって、息ができなくなって、それでも新しいパートナーを選ばなくてはならなくて。
俺に新しいパートナーなど選べるのだろうか。
答えは、ノーだ。
雨丸以上のパートナーはいない。
その時が来たら、きっと俺は水槽の中から出られなくなってしまう。
いっそのこと息ができない水の中で、溺れてしまえばいい。
だから、その瞬間まで。

「最期の瞬間まで一緒にいろよ」
「それ、プロポーズみたいですよ?」
「そうだな」

今は通じなくてもいい。
最期を迎えるまで、一緒にいさせてくれ。
それが俺の望み。

「本当に、プロポーズみたいだな」

独りだと泣くことも、笑うこともなかった暗い水の底に一筋の光が射した。
淡い水槽の中で、俺はお前がいないと息ができない。



*END



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