ご主人サマと犬
唐突に犬を拾った。
大きな大きな犬という名の人間を。
犬とは呼べないかもしれないが、俺にとっては大きな犬でしかない。
その犬はある日突然、俺の前に現れた。
- * - * -
いつもと同じ道、いつもと同じ時間に歩いていた。
そして、俺はマンションの前のゴミ捨て場で彼を見つけた。
「あの……大丈夫ですか?」
声をかけても返事がなくて、まったく動く気配もない。
まだ十三、四歳ほどの少年。
至って普通の子供だ。
敢えて言うならば、普通じゃないのは彼の怪我の方。
鋭い刃物で切りつけられた切り傷、加えて銃で撃たれた銃創。
普通ではありえないその傷口から、鮮血が流れている。
普通、こんなに血を流せば生きているわけがない。
「酷い傷……早く救急車を……」
携帯を取り出そうと鞄に突っ込んだ俺の手を彼はしっかりと掴んでいた。
「病院は駄目だ」
そんなことを言われて、はい、そうですかなどと見捨てて行けるわけがない。
小柄なわりに力強い手と可愛い顔に惑わされて、つい彼を家に上げてしまったのが事の始まり。
仕事が終わって帰ってくれば、ベットで寝ている王太くん。
「王太くん……」
最初の頃は警戒心を剥き出しにしていたけれど、一ヶ月にもなるとすっかり懐いている。
悪戯なんてしょっちゅうだ。
それでも、怪我をして弱ってる間はまだ良かった。
俺が出かける度に寂しそうな顔をしたりして、可哀想な捨て犬を拾ったみたいな気持ちだった。
だが、傷は治ったが全く出て行く気がないみたいだ。
「ふぁ……お帰り、雨丸」
目を覚ました王太くんは欠伸をしながら、こっちに近づいて来る。
どこまでもマイペースだ。
「ご主人様にお帰りのチュウ」
王太くんの唇が俺の唇に重なる。
いつもならチュウとか何とか言って、俺の頬に口付けてくるはずなのに。
「んっ……」
唇の隙間から王太くんの舌が滑り込んでくる。
唾液と唾液が混ざり合って、部屋中に水音が響く。
ようやく唇を離した王太くんは満足げな笑みを浮かべていた。
「王太くんっ!」
「俺、犬だからコトバわかりませーん」
そう言って俺の頬に口付ける。
俺は、大きく溜め息をひとつ。
これをキッカケに俺と王太くんの地位は、逆転することになる。
いつの間にか、犬だったはずの王太くんはご主人サマに、俺は犬になってしまった。
*END
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