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The world where you are.



The world where you are.



その日をどんなに少佐が楽しみにしていたのか知っていた。
知っていたのに俺はアヤナミ様から命令を受けて最前線へと赴いた。
ヒュウガ少佐のベグライターである俺でも、クロユリ様のように四六時中ベグライターと行動を共にすることは少ない。
仮に上下関係を抜きにしても、恋人関係にあるとは思えないくらいのすれ違いっぷりだ。
誕生日、記念日、行事、それらを一緒に過ごせた試しはない。
そんな俺たちが初めて同じ日に休みを取ることができたのだ。
しかし、それも緊急の呼び出しを前にどうにもならないことであった。
ホーブルグ要塞に残してきた少佐の、恋人のことが気掛かりであり、罪悪感が拭えなかった。
敵の殲滅にそう時間はかからなかったが、任務が終了した時には少佐への罪悪感は薄れていた。
その後、ホーブルグ要塞に戻ったのは日付が変わってからだった。
戻ってすぐに少佐のところではなく、アヤナミ様の執務室に向かった。
戦地の報告書を提出し、アヤナミ様から労いの言葉を頂いた。

「アヤナミ様、戻りました」
「ご苦労だった」
「では、失礼します」

一礼をして、執務室をあとにする。
これから少佐に会いに行こうか、いや時間を考えればやめておくべきだろう。
そう勝手に結論づけて俺は自室へと向かう。
最近は少佐の部屋で過ごしていたので、自室は着替えくらいでしか使っていなかった。
久しぶりに使うベットは汚れていないだろうが、多少埃っぽいかもしれない。
憂鬱な気分になりながらも、疲れた脚で早く身体を休めようと歩を速めた。
廊下は覚束ない明かりが足元だけを照らし、静まり返っている。
ただひとつ、自分の足音だけを除いて。

「さすがに気味悪いなぁ」

ひたすら前進しつつ、呟いた。
いくら自分が帝國最強と恐れられているブラックホークの一員だとしても、気味が悪いものは気味が悪い。
とにかく早く部屋へ行こうと更に急ぐ。
あとひとつ角を曲がれば、自室はすぐそこだ。
憂鬱な気持ちも少し軽くなった。

「……コナツ」

小さな声で誰かが俺を呼んだ。
振り返ってみるが、誰もいない。
薄暗い廊下は視界が悪く、あまり先の方までは見えない。
それでも必死に声の主を探すが、その姿を視界に捕らえることはできなかった。
気のせいだろうか。
連日の疲れがどっと押し寄せてきたような気分だ。
本当に今日は早く休んだ方がいいみたいだ。

「……ひっ!」

角を曲がった途端に後ろから身体を抱き込まれた。
ご丁寧にも身動きがとれないように壁に押し付けられ、手首を掴まれて抵抗ができない。
顔も姿も見えない相手に対する恐怖で胸の内が冷えていくのを感じる。

「は、離せっ」

手首を掴む手を振りほどこうとがむしゃらに動かすが、微動だにしなかった。
逆に手首を捻り上げられ、小さく呻き声を上げてしまった。
手首をひとつに纏められ、頭の上で固定される。
危機感を与えるそれらの行動に俺の頭はパニックになっていた。

「嫌だっ……しょ、さっ!」

パニックと恐怖の中で、頭を過ぎるのは少佐の顔ばかり。
もう会えないかもしれないと思うと涙が溢れてきた。
時間が遅いとか、迷惑だとか、そんなこと考えずに少佐の部屋に真っ直ぐ帰ればよかったのだ。

「コナツ」

聞き慣れた甘い声が俺を呼んだ。
溢れ出したはずの涙がとまった。
どうして、頭の中はその言葉しか浮かばない。

「……ヒュウガ、少佐?」

幾度となく呼んできた名を口にする。
人を斬る度に胸が痛み、少佐を呼んだ。
優しく大丈夫って言ってほしくて、何度も呼んだ。
会いたくて会いたくて仕方がなかった人がそこにいる。
すぐに振り返って、少佐の胸に飛び込みたかった。
けれど、少佐はそれを許してはくれなかった。

「少佐、ヒュウガ少佐……ヒュウガっ」

縋るように名前を呼んでも、少佐は何の反応も返してくれなかった。
それどころか少佐から放たれる気が、異様に冷たかった。
すぐにでも膝をついてしまいそうなくらい膝が恐怖で震えている。
いらない、と言われてしまうのだろうか。
役に立てなかったベグライターとして、自分は捨てられてしまうのではないのだろうか。
小さな不安は、大きな不安へと変わった。

「何か……何か言ってください、少佐っ!」

たった一言でいいのです。
会いたかった、そう言ってくださるだけで俺の心は満たされるのです。



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