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俺と君、青い空



俺と君、青い空



俺の愛した人は、とても遠くにいってしまった。
手を伸ばしても届きはしない。
雲を掴むよりも、手に入れることが難しい存在なのだ。
自分から手離したくせにさ迷うように探し続けている。
もう一度、この手に戻ると信じて。

「少佐」

もうその声に惑わされることはない。
この間、はっきりとした拒絶を俺から示したのだ。
愛した人を忘れない為にも、これからも愛し続けると誓う為にも、これはほんの小さな犠牲にすぎない。
俺が、好きなのは、愛したのは、たった一人なのだ。

「少佐、サインをお願いします」

ぎこちなくコナツは、書類を俺に差し出した。
俺はそれを受け取り、手早くサインをするとコナツに突き返した。
あの一件以来、コナツとは事務的なやり取りしかしていない。
そして、俺も何かにとり憑かれたように大嫌いなデスクワークに取り組んでいた。
何かに没頭していないと自分を保てない気がして、俺は手元の書類を睨みつける。

「……少佐」
「ん、何?」

口元を引き結んだコナツは、言葉にすることを躊躇っていた。
それで、何となくコナツが言わんとすることがわかった。
それ以上、口にするなと釘を刺すようにコナツを睨みつけようと思ったが、コナツの目を見てできなくなった。
あの日と同じ目をしていた。
揺れる瞳、歪む表情、それは寸分の違いもなく、あの時のコナツに重なる。
やめろ、その目で俺を見るな。

「ヒュウガ少佐、好きです」

小さく、かすかに聞こえるくらいの声でコナツは言った。
そして、すぐに逃げるように部屋を飛び出していった。
窓の外は、どんよりとした灰色の雲が広がっていた。
頭からコナツの言葉が離れない。
コナツは確かに“ヒュウガ少佐”と言った。
唯一、今のコナツにだけ与えていない俺の名前を呼ぶ権利。
必要ないと決して呼ばせなかったのは、あの日のコナツを忘れない為だ。
なのに今考えているのは、紛れも無く今のコナツのことだった。
追いかけなければ、瞬時にそう思った。
追いかけて、捕まえて、コナツを問い詰めよう。

「コナツ……っ」

もう二度と繰り返してはならない。
同じ過ちをしないためにも、今のコナツを一人にしてはいけない。
失ってから気づくのでは、遅すぎるのだから。
好きなのは、愛しているのは、あの時のコナツであり、今のコナツでもある。
コナツは何も変わってはいなかった。
変わってしまったのは他でもない、俺自身だった。
コナツを否定するあまり、いつの間にか自分を見なくなっていた。

「もう間違ったりしない」

俺は逃げていた現実に向かい合いたい。
コナツを解放してやりたいんだ。
コナツはコナツのままでいいのだと伝えてやりたい。
本当は、ずっと愛していたのだと言ってあげたい。
この正直な言葉が届かなくなってしまう前に言わなければ。

「コナツっ!」

やっとのことでコナツの肩を掴んだ。
予想以上に大きく震えたコナツの身体を無理矢理こちらに向かせた。
ほんの少し、互いに乱れた息が静かに響く。

「……コナツ?」

大きな目をますます大きくして、コナツは顔を上げた。
小さく開かれた唇がわずかに震えている。
なぜコナツにこんな顔ばかりさせてしまうのだろう。
なぜコナツばかり悲しい想いをさせてしまうのだろう。
俺が醜いばかりにコナツを傷つけている。

「コナツは、俺のこと好き?」

ずっと心に蟠っていたことを口にした。
大丈夫、コナツはまだここにいる、そう自分に言い聞かせた。
以前のコナツなら否定するだろうが、今のコナツなら正直に答えてくれるはずだ。
両頬を手で包み込み、視線を合わせた。

「コナツ?」
「……きです」

本当に小さく唇から漏れた言葉に俺は歓喜した。
やはりコナツは何も変わっていなかった。
それと同時に胸の奥から込み上げてくる罪悪感と息苦しさ。
コナツに想いを伝えたい。
だけど、俺はコナツに酷い裏切りをした。
コナツを抱きしめたい。
だけど、コナツを壊してしまいそうで怖い。

「ヒュウガ少佐は……俺のこと、好きですか? ……あの日からずっと」

はっと目を見張った。
コナツは思い出したのか、あの日のことを。
突然、信じていた人に裏切られた瞬間のことを。
息苦しくなった。

「俺は……一度も裏切られたなんて思ってません」

その言葉で、心が晴れてゆくのを感じた。
灰色の空から時折覗く青が、この想いの結末を現しているようだった。



*END



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