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俺と君、黒い夢



俺と君、黒い夢



この世界に俺の愛したコナツはいない。
いるのは、俺だけを忘れたコナツという器だけの人間だ。
彼はコナツであって、コナツではない。
そんなことわかっている。
俺がコナツを壊してしまったのだから。

「コナツ」
「少佐、どうかしましたか?」

振り返ったコナツの姿も声も同じなのに、まるで別人。
あの日々を奪ったのは確かに自分で、後悔してもコナツは戻らない。

「何でもないよ」

そう言うと、コナツはまた自分の仕事に戻る。
以前のように怒ったり、笑ったりしなくなった。
コナツはそこにいるのに世界から完全にいなくなってしまったように、無情にも時間は流れていく。

「少佐、この書類にサインをお願いします」

ちらりと時計を見た俺はもうすぐ定時になるのに気づき、手をとめた。
定時になるとコナツは片づけをして、すぐに帰ってしまう。
手伝いますだとか、仕方ないですねなどと小言を言いながらも手伝ってくれていたコナツは、もういない。
自分で壊しておいて、まだコナツに依存している自分自身が嫌になる。
つくづく俺はコナツがいなければ、何もできないのだと思い知らされる。

「少佐、お疲れ様です……お先に失礼します」

数枚の書類を手に、コナツは部屋を出ていこうとした。
おそらく持ち帰って片づけるつもりなのだろう。

「コナツ」

つい名前を呼んで引きとめてしまった。
特に用はないが、このまま帰してはいけない気がした。
コナツは怪訝そうな顔をして、俺の前に立った。

「どうかしました?」
「今日は帰らないで話でもしようよ」

コナツは顔色ひとつ変えず、俺の前に椅子を持ってくるとそこに腰かけた。
机ひとつ挟んで向こう側にいるコナツ。
心臓が壊れてしまいそうなくらい早鐘をうっているのが、はっきりとわかる。
何を話そうか、コナツは何を聞きたいだろうか。
そういえば、俺とコナツに共通の話題など思い当たるものがない。
かと言って、自分で誘っておきながら黙っていることはできない。

「少佐」

急にコナツが甘い声で呼ぶので、一瞬だけ以前のコナツに会った気がした。
コナツの膝の上で強く握られている手が震えているのが、わかった。
何か思い出したのかもしれないと思うと怖い。
コナツは、きっと俺を軽蔑するに決まっているのだから。

「……ん、何?」

俺は恐る恐る口を開いた。
妙な緊張で口の中が渇いて、か細い声になってしまった気がする。
コナツは俺の変化に気づいた様子もなく、俯いてしまっていて表情を読み取ることはできない。

「俺、変なんです」

唐突に口を開いたコナツはそう言った。
脳裏にちらつくのは、あの日、血の気を失っていくコナツが口にした言葉。
それは、この先ずっと俺を縛り続けるであろう言葉。
好きです。
今でもあれはコナツの本当の想いだったと思う。
好きなのに、その想いに気づけずに傷つけてしまった。

「俺、少佐のこと……っ」
「それ以上は言っちゃ駄目だよ」

それに続く言葉は受け取れない。
その言葉は“今のコナツ”ではなくて、“あの時のコナツ”の口から聞きたいから。
コナツであってコナツではない今のコナツの口から同じ言葉は聞きたくない。
記憶の中のコナツの声が、顔が、わからなくなってしまいそうで恐い。

「俺の言葉は信じられませんか?」
「そうじゃない、そうじゃないんだ……コナツの言葉だから」

聞きたくないとは言えなかった。
今だ俯いたままのコナツの表情はわからなかったが、膝の上で白くなるまで強く握られた手にぽたりと水が落ちたのが見えた。
それが涙だということくらい、俺は知っている。
声をあげずに泣くコナツが苦しそうで、それでも俺にはどうすることもできなくて。

「少佐は、俺のこと……嫌いですか?」
「嫌いじゃないよ、むしろ好きすぎて困るくらいだよ」
「じゃあ……ど、してっ」

その答えは単純だ。

「コナツは俺の中で死んだんだ」

あの日、あの時、あの瞬間、コナツは俺の中で死んだ。
だから、目の前にいるのはコナツじゃない。
俺は果てしなく長い長い、そんな夢を見ていたに過ぎないのだ。



*END



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