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俺と君、白い壁



俺と君、白い壁



あの日、コナツは死ななかった。
俺は戸惑ったのか、致命傷を避けた場所を傷つけていた。
でも、コナツは生きているだけ。
ただ弱々しい呼吸を繰り返す。
動かないし、喋れない。
だって、コナツはあの日から一度も目を覚まさないから。

「コナツ、コナツ……」

眠ったままのコナツを見舞って、一年という月日が流れた。
今だ目を覚ます気配はない。
ただ浅い呼吸を繰り返し、たまに癒えた傷に痛みを感じるのか苦しそうにする。

「コナツは、俺が好きなの?」

その問いに誰も言葉を返してくれる人はいない。
コナツの命を繋ぐ無機質な機械音だけが鳴り響いている。
お願いだから、目を覚まして。
もう一度、君の声が聴きたい。

「好きだよ、コナツ」

握ったコナツの手が少し反応した。
本当に少しだったけど、俺は夢中で強く握った。
早くコナツが目覚めて、俺の言葉で想いを伝えよう。

「……んっ……」

一瞬だけ、コナツの声がした。
その後すぐに大きな目を少し開けて、コナツは永い眠りから醒めた。
久しぶりに見たその瞳からは、何も感じなかった。
ただ一点を見つめて、コナツの瞳は大きく見開かれる。

「コナツ……」

単純に嬉しかった。
そして、何よりコナツが愛おしかった。
待ち焦がれたコナツの目覚めに俺は舞い上がり過ぎていたのかもしれない。
コナツの様子がおかしいことに気づけなかった。

「コナツ?」

名前を呼んでも返事がない。
それでやっと俺はコナツの様子がおかしいことに気がついた。
俯いた顔は真っ青で、握り締めた手は小さく震えていた。
焦点の定まらない瞳が不安そうな表情を作り上げている。

「コナツ、どうしたの?」

俺を見て、コナツの瞳が色を無くした。
理由なんて問わなくともわかる。
俺はコナツを酷く傷つけたのだ。
肉体的にも、精神的にも、ボロボロになるくらいまで。
そんな人間が近くにいたんじゃ、コナツも不安になるはずだ。
嫌われても、暴言を吐かれても、俺はコナツのすべてを受けとめると決めた。
しかし、コナツは俺の予想を遥かに越えたことを口にした。


「あなたは、誰ですか?」


冗談かと思った。
でも、コナツの瞳がそうじゃないことを物語っていた。
これが、俺自身のしたことへの報いなのだろうか。
一気に押し寄せてくる喪失感と虚無感。
やはり俺には、コナツのすべてを受けとめることはできなかった。

「俺のこと、知らない?」
「……知り、ません」

肩から胸にかけて斜めに走る傷跡を代償にコナツの中から俺のことが消えた。
人間は、自分の嫌なことや思い出したくないことは忘れる。
コナツの場合は、信じていたはずの俺に裏切られて傷つけられたのだから無理もない。
俺も幾度となくコナツがあの時のことを目覚めた時に忘れていれればいいのに、と願ったことか。
しかし、こんな形で俺のことを忘れるのを望んではなかった。

「貴方は、誰ですか?」

コナツの言葉は、何よりも俺の心の奥に深く響いた。
もう一度、深く傷つくと同時に俺は心のどこかで安堵していた。
コナツは俺がしたことを覚えていない。
でも、俺のこと自体を覚えていない。
覚えていたとしたら、俺は二度とコナツに触れることはできなかっただろう。

「名前は知らなくていいよ……コナツは少佐って呼んでくれるかな?」
「……少佐?」

俺は、はっと目を見開いた。
記憶の中のコナツと同じ声音で紡がれた言葉が、俺の罪を浮き立たせた。
あれほどまでに狂おしく愛したコナツが手元にいるのに満たされることはない。
ただ目の前にいるのは、コナツであってコナツではない。
強くコナツを抱きしめて、俺は自分を嘲笑った。
これが、神様が与えた俺への一番重い罰なのだと。



*END



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