[携帯モード] [URL送信]

『世界はそっち側』
6


「失礼しました」


お辞儀をして職員室を出る。
あのあと、いじめにあっていた彼を追う事はせず、突っ立ってる訳にもいかないという事で、生徒会室を出た本来の目的である職員室と理事長室に書類提出するべく歩き出した。
職員室での用事を済ませ―――やはり教師陣も"向こう側の世界"と変わらないが蔑んだ様な視線を向けられた―――今度は理事長室だ。
本来、生徒の立ち入りは生徒会室以上に基本的にはない場所ではあるが、生徒会や風紀委員といった役職に就いている生徒は、書類提出や何かあった場合の直接報告などで立ち寄る事があるらしい。
だからオレも自ら書類提出しにきている訳で。
……いや、出来るならきたくないんだけどさ。
校長室とか理事長室って普通だったら学校内で一番縁のない部屋じゃん?行きづらい……。
そんなこんなをしていれば到着してしまう訳で、重い溜め息を一つ吐き、意を決してノックをする。
そうすれば中から少しくぐもった声音で「どうぞ」と返事が返され、ドアを開ける。


「……失礼します。生徒会長の縣です」

「おぉ、君か。何用かな?」


入り口とは対極の位置にある立派な机に肘をつき、真っ黒な椅子に座る男が、オレがきたという事を認識したと同時ににこりと微笑む。
じわりと何かが腹の中でうごめいた様な気がして、変に緊張でもしているのかと己の情けなさに小さく苦笑する。
男の目の前まで足を運んで、持ってきた書類を男に差し出す。


「これ、今度のレクリエーションのものです。提出が遅くなってしまい、申し訳ございません」

「今日が提出日になっているようだから、遅れてはいないさ。ご苦労様」


書類を受け取る男が再びにこりと微笑む。
さっきっから気になってはいたが、この男―――理事長は『忌子』差別のない人なのか、ただただ社交辞令の愛想笑いなのか、どっちなのかわからない。
だからオレも少し引き攣りながらではあったが笑っておいた。
用件はこの書類を提出するだけな為、さっさとお暇しようと切り出そうとした瞬間「そうだ」とタイミングよく理事長が声を発した。
逃げられなかった事に内心舌打ちをしつつも、ここで無視する訳にもいかず、仕方なく話を聞く事に。


「なんでしょうか?」

「君から見て彼はどう見える?」

「……彼、とは?」

「勿論、転校生の彼さ」


尋ねられた"彼"というのは、どうやらここ最近専らの話題のあいつの様で、どう見えるかなんて、全く持って騒がしくてやかましくって我が儘で自分が正しいとでかく主張して、オレ以外の生徒会役員共を取り巻きにする事で好き放題している問題児。
そう言ってやりたかったのだが、そうもいかず。


「明るくて元気があって良いんじゃないですかね?」


そう、全く思っていない事を、作り笑いと共に答えておく。
それ以外に嘘を重ねる事は出来るが、全くそう思っていないのに転校生をその場しのぎとはいえ褒めちぎるのは抵抗があった。というかしたくない。いやだ。
そんなオレの答えに「そうかそうか」とにこりと納得した様に呟く理事長は、実は転校生の叔父にあたる人だったりする為、本音を隠して建前で答えた訳だ。
一応、今は叔父目線で聞いている、というよりかは理事長として入って来たばかりの生徒を気にしているといった装いで質問している様子。
転校生が親戚関係だという事を言いふらしている訳ではないようだが、その立場を利用しているのかどうかも定かではないのだが、しかし、だからなのか好き勝手しているようにも見えるのが個人的な感想。
転校生が来る際に詳細の書かれた書類を改めて確認した時、親戚関係にあると書かれてあった文字を見た瞬間、マジで面倒だとでっかい溜め息を吐いたのを思い出した。


「他には?」

「……へ?」


さて、答えたんだから今度こそ退室するぞと思っていたら続きを要求されてしまった。
他、なんてねーよ。どんだけ甥っ子の評価知りたいんだよ。知りたいなら自分で確かめてこいよ。
……なーんて事も言える訳もなく、どう答えたものかと答えあぐねていれば、そんなオレの様子に気付いていない理事長が再び口を開いた。


「彼を見て、縣君は何かを感じたりはしなかったかな?」

「…………特には」

「そうか」


転校生を見て何かを感じるかって、それは他の生徒会役員共の様に夢中になる魅力を感じないか、とかそんな意味なのだろうか?
だとしたらなんというか……危ない方向性のタイプの甥馬鹿の様に思えるのだが……。
その意味合いで合っているのかは謎だけど、これといって特に転校生に対しては鬱憤以外の感情は湧き起こらない為、ここは本音で答えてみれば、少しばかり残念そうな声音で返事を返されてしまった。
え、その反応にどう対応すべきなんだろうか。
これ以上、理事長の危ない思考―――勝手に決め付けているけど―――の話を広げる気もないし、放っておくに越した事はないな。


「えっと……、オレ、まだやる事が残っているので、そろそろ失礼させて頂きますね」

「そうかい?気が付かなくてすまなかったね。お話出来て良かったよ。またおいで」

「え?あ、あぁ……はい。また何かありましたらば」


残念そうにしていた表情を再び明るくする理事長に、なんだか言い様のない何かを感じて、じわりと背中に嫌な汗が伝う。
何を考えているのかわからないこの人から、何故だか早く離れたくて、少し早足でドアまで向かい、ドアノブを捻ろうとした時、再び理事長が質問を寄越してきた。


「あぁ、最後に一つ。彼がここに来た時、案内役に幡野君が付き添っていたけれど、確か君がする筈だったよね?」

「え?あー……あの時、幡野が行くと言ったので代わりまして」

「そうだったのか。いやね、別人が来たものだから驚いてね。それだけだよ」

「はぁ。……すみません?」


なんに対してのすみませんなのか全くわからないけど、なんとなく責められている様な気がして、一応謝っておいた。
そうしてやっと理事長室の扉の向こう側へと来れたオレは、盛大に且つ聞かれない程度に息を吐き出した。
"向こう側の世界"でもあまり校長室に行く機会は滅多になくて、時々用件があって行く時も少しは緊張するものの、ここまで心臓……というか胃に負担のかかる緊張は初めてだ。
出来る事なら二度と来たくないのだが、そういう訳にもいかないのも事実で、今後ここへ来る機会の事を考えるだけで憂鬱ものだった。
……というか、案内人の人間が変わったくらいでいちいち聞いてくるか?普通……。


2017/12/15.



[*前へ][次へ#]

6/28ページ

[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!