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『世界はそっち側』
19


「外見は少し変わってはいますが、とても素直で良い子でしたよ」

「へぇー!!先輩がそこまで褒めるなんて珍しいっすね!!ますます会いたくなったから、今から会いに行こっかな?」

「は?何言ってんだお前は……」


何故か誇らしげに語る幡野の話に関心を持った池内が、がたりと椅子から立ち上がり、今にも退室しようとするその後ろ姿にオレは待ったの一声をかけた。


「別に今行かなくても良いだろう?お前自分の分の仕事は終わったのか?」

「えー?まだっすけど……。カイチョ―には関係ねぇんすから別に良いじゃないっすか。つーか、カイチョ―にだけは言われたくねーんすけど」

「いやオレ溜めてた分、終わったし」

「…………そーゆう所、マジでくっそムカつく……」


悪態をつく池内に終わった書類をひらひらと見せつけながら答えれば、唇を尖らせて暴言を吐いた。
全く口が悪い後輩だな……。こっそり溜め息を吐く。
仕事を途中で放棄して転校生に会いに行こうとする池内を止める権利は一応オレにはある訳だからな。
さぁ、どうだと問いを込めた視線で池内を見遣れば、池内は悔しそうな表情でぶつくさと文句を垂れながらも大人しく席に戻った。
意外と素直に戻ってきた池内に拍子抜けしたが、一応はわきまえているんだろうなと感心した。


「こんなん直ぐ終わらせて会いに行ってやるんすからねー!!」

「おー、頑張れ」

「くっそ腹立つッ!!!!」


何に対して燃えているのかわからんが、いきなり大声でそう宣言する池内にほぼ棒読みで頑張れと声をかければ、机をばんばん叩きながら癇癪起こした。
幼児かお前は……。そう呆れたまま、オレは一週間休んでた分の書類を脇に置き、新たな書類に手を付け始めた。





いい具合に書類処理を済ませた池内がテンション高めに「今行くっすよ〜、転校生!!」と早々に帰寮準備を進める。
幡野も上坂もキリの良い所まで済ませたのだろう、黙々と荷物を纏め始める。
オレも書類に関しては大体済んだから寮に戻っても問題はないのだが、生徒会室にあるファイルなど一度目を通しておこうと、オレは整理するふりして棚を漁った。


「なーなー、キヨシ!!キヨシも転校生に会いに行かねぇっすか?」

「……オレは……」

「先輩はどうすんすか?」

「私はお夕飯をご一緒する約束を取り付けているので」

「えっ?!なんすかそれー!!先輩がそこまでするなんて珍しい!!」


「ますます興味湧いた〜!!」と悪戯っ子の様に笑う池内にピリッと鋭い視線を投げる幡野。
上坂はどうでもいいといった表情をしているが、池内が上坂の腕を引っ張りながら「キヨシも行くっすよー!!」と言っていたから無理矢理参加させられるのだろう。
というか、幡野が今日来たばかりの生徒を夕飯に誘うとか、気遣いにしても池内の言う通り確かに珍しい。
転校生をえらく気に入った様子は、案内から戻ってきた幡野を見れば一目瞭然だったとはいえ、生徒会役員が食堂の一階で一般生徒と一緒のテーブルに着いて飯を食うのは、どうなのだろうか。
騒ぎが起きそうな気がする……いや、起きるだろうな。
そうならない為の配慮に二階席なるものがあるんだろうし。憶測だけど。
そんな事を考えていれば、三人は生徒会室の扉を潜ってばたんとドアが閉められた。
一気に静かになった生徒会室にふわりと風が舞い込んでカーテンを揺らす。
そんな穏やかな瞬間に、こういう所は向こうと変わんねぇな、としみじみと浸ってしまった。
……いや、"変わらない"、なんて事ははいか。


「……だって隣にお前がいねぇもんな」


オレが机に座って書類を纏めている間、お前は窓に寄りかかって外を眺めていた。
オレが日に弱かったから、カーテンを潜って寄りかかっていた為、オレからは腰から下しか見えない姿だったけど、それがおかしいと思うのと同時に、何時も通りだと落ち着けた。
そんな向こうでは当たり前だった存在が隣にいない。
近くにはいるけど、届かない。
何時か向こうで過ごしてきた様になれたら良いと願いながら、寂しく思う心を苦笑と共に外に零した。


第一章 完.


2017/6/24.



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