『ミッドナイト・オーバーキラー』
8
「そういえば……、今夜は静かだけど、誰も来てないの?」
「珍しくね。まぁ、そんな時にノラが来たわけだけど」
「……飛んで火に入る夏の虫、って事?」
「自分で言っちゃうんだね」
さっきのお返しとばかりに笑うネオに「やられた……」とオレは頬を引き攣らせる。
椅子の背もたれ越しのやり取りであったが、ネオが動き出して寝転ぶオレに覆い被さる様に座り直す事で、距離がぐっと縮まった。
両手を押さえ付けられた状態でオレ達はお互いに見つめ合う。
影になっている筈のネオの瞳にはネオを見つめるオレがはっきりと映っていた。
押さえ付けられていた手が離されて、片方は頬に、もう片方はオレの腰に回される。
「また思い出してたんでしょう。君は過去に囚われすぎだ。もう過ぎた事なんだから忘れなよ」
「……忘れられるならとっくにしてる。でもオレ、それでも二人を忘れたくない」
「好きだったんだね、ご両親の事。こんなに親思いなのに、先に逃げたのがご両親なんて、勿体ない話だ」
「……でも、良い人達だった。少なくとも、あの時までは……」
まるで懺悔をするかの様に語り出すオレの話を、ネオは終始優しい笑みで聞いてくれた。
オレが過去を引きずって、両親が憎いけれど憎めきれなくて、忘れられなくて、優しかった頃を思い出しては、それでも両親から受けた悲しみは許せなくて……そんなぐるぐるに濁った感情をオレは吐露する。
「ただの逆恨みと好奇心からだった。オレは自分の感情をとめられなかった。普通じゃないのはわかってた。でもあの人達なら大丈夫だと思った。オレの親だからって……」
気付いた時にはネオの顔がはっきり見えなくなっていて、瞼を閉じれば涙が伝い髪を濡らした。
あぁ……今でも自分のやった事に涙が流せるのか。そう思うと少しだけ自分がまだ人間的な所があるんだなと安心した。
といっても悔やんで流す涙は両親の事でのみだろうけど。
「でも結局は捨てられた。それが当然だとも思った」
「ボクはノラが捨てられて良かったと思ってるよ。でなきゃこうして出会う事も、拾う事も出来なかったし」
「……それに関しては感謝してるけど、酷い言い方だね」
「ボクは良い大人じゃないからね」
溜まった涙が溢れそうになった時、ネオが涙を啜いとって瞼に軽くキスを降らしてくる。
右瞼から左瞼、瞼の次は鼻先、鼻先の次は頬と徐々に下へ向かいながら頬を撫でていた手がオレの唇をなぞる。
唇をなぞるだけなぞって、口端にキスをしてそのまま顎や輪郭にネオは唇を寄せていく。
その流れで耳元に上がり、耳朶や耳の後ろにもキスをして喉元に戻り、鎖骨周辺にも何回もキスをする。
くすぐったさと、もどかしさからと、羞恥心から身動ぎをすれば、鎖骨の辺りにあった唇からぬめり
としたものがそこを這う。
「ッ、……ちょっと、ネオ……」
静止させようと問いかけるけど、ネオはオレの問いかけを無視してそのまま鎖骨辺りを強く吸った。
ぴりっとした痛みが走って少し眉を寄せ息をつめるが、ネオは唇を離したあとそこを労わる様に舐めた。
「もうノラは彼らのものじゃないからね」
「だからってこれは違うでしょ……。拾ってもらった恩はあっても、所有物にまでなった覚えはない」
「所有物なんて思った事はないよ。基本、放任主義だからね」
「じゃあ、痕付けないでよ。てかこういうのって恋人とかにするものでしょ。オレはネオの恋人じゃない」
「恋人じゃなかったらセフレ?」
「…………拾い拾われた関係でしょ。あとオレが餌係」
「餌かぁ。間違いない」
「あはは〜」と呑気に笑うネオを見て、さっきまでの雰囲気がなくなった事に一安心する。
「でもノラの餌はボクが狩って来てるんだけどね〜」とも言うネオに「そうだった」とオレも納得した。
拾い拾われお互いの餌係とか、オレの場合はニナにもご飯を作っているけど。
あと言っておくけどオレ達はセフレでもない。
……確かにたまにそういう雰囲気にはなるが、それでも基本はキス位と、ちょっと触られても最後まではまだしていない。
昔、ニナに聞かれてそう答えたら「説得力ないわ」と呆れられた事を思い出した。
「ていうか、聖職者が神様の前でこんな事して良いの」
「それこそ今更だね。神様の前でだからこそ良いんじゃないか。まさか聖職者が犯罪を犯すなんて誰も思わないだろう?」
「さいですか……」と今更な事に呆れて溜め息を吐く。
でもオレも似たようなもんだから、それについてどうこう言うつもりはない。
オレはネオを押し退けて起き上がり「もう寝るね」とネオに一言伝えて、来た道を引き返す。
「お休み」とネオがにっこり笑いながら言うからオレも「お休み」と告げた。
部屋に向かう途中、ニナとすれ違ってニナにも寝る事を伝え、その日は終わりを迎えた。
2016/11/25.
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