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『向日葵の咲く頃には』
猫かぶり


理事長の話が終わって次は寮に案内すると、オレは再び佐野さんと理事長室を出た。
退室する直前に理事長が「頑張ってね」と言ったので「宜しくお願いします」と返事を返す。
再び廊下を歩き、更に上ってきた階段を今度は下って行く。
その際佐野さんに「お疲れ様でした」と微笑まれた。


「なんかオレの知る一般的な学校とは違って楽しそうですね」

「感想は個々にいろいろとあるとは思いますが、月ヶ瀬君にとって良い学園である事を願います」


「ふふ」なんて微笑まれて、この人は微笑みが似合う素敵な人だなと、つい見とれてしまった。
見とれてしまったが故に佐野さんが首を傾げ「どうかしましたか?」と心配された。
なんでもないですの意味を込めて慌てて首を横に振れば、また微笑まれる。
なんという出血大サービスな展開なんだ。心臓が持たん!!



「もし困った事とか、お友達に相談しにくい事とか何かありましたら私でよければお話し下さい」

「……秘書さんってそんな事もするんですか?」

「普段は生徒達の行動とか考えに口を出す事はありません。ですが月ヶ瀬君は来たばかりでしょうから、お役に立てればと思いまして」


確かにこの学園は幼稚部からのエスカレーター式と言っていたからここでオレを知る人は一人もいない。
でも味方が一人はいるよと、そういう意味で佐野さんは心配して言ってくれたようだ。
…………佐野さん良い人……ッ!!(感動)


「気を使ってくださってありがとうございます。オレ、早くこの学園に慣れるよう頑張りますが、でも味方がいてくれるって思うと凄く安心しました」

「いえいえ。こちらとしても見付けた獲物を簡単に手放したくないものですから」

「………………………獲物?」


なんだか爽やかな笑顔でとんでもない言葉が聞こえた気が……?気のせいか?
そう思って佐野さんを見れば、相変わらず素敵は微笑みを向けてはいるが、その瞳は先程までとは違って鋭さを増していた。
え、何?え?睨まれてるの?え?なんで?
全くわからない状況の中、佐野さんがいきなりオレの手を掴み、勢い良く壁に押さえ付けられた。
因みにここは今、降りている最中の階段のど真ん中だ。下手をすれば足を滑らせて落ちる所だぞ?
打ち付けられた背中がじんじんと痛む中、佐野さんの方へ視線を向ければ、優しそうな表情には程遠い、何か企む様な顔付きになってオレを真っ直ぐ見ていた。
こんな訳のわからない状況でも、どうなるのかもわからない中でもオレの心臓は正直で、傍にいる佐野さんに対してどくどくと早鐘を打っている。
顔も熱いから熱が集中しているのだろう。
つまり真っ赤な顔を隠す事も出来ずに正面からまじまじと見られているという訳だ。


「さ、さささ佐野さん?!あの……ッ」

「さっき言った事」

「へ?さっき……?」

「"見付けた獲物を簡単に手放したくない"って所」

「……え、獲物……」


どうやら聞き間違いとかじゃなかったらしい。
改めて言われた台詞にどういう意味があるのか、今のこの状況で全く働かない脳では考える事が出来なかった。
獲物て……。状況からしてオレの事……だよな?え、何?獲物って……。


「………オレ、食べても美味しくない、ですよ……?」


働かない頭で"獲物"というワードから連想させて出た答えがこれだ。
何を言っているんだオレは……。そうは思うがこれしか浮かばなかった。
案の定、佐野さんもきょとんとした表情でオレを見ている。……だろうよ。
どうしたものかと考えていれば佐野さんが「ふはッ!!」といきなり噴き出して、思いっきり肩を震わせて笑い出した。


「あっははは!!面白い事を言うね、月ヶ瀬君。大丈夫、君はオレから見れば凄く魅力的で美味しそうな獲物だよ」

「…………はぇ?」


笑い出したと思ったら、いきなり口調も一人称も変わった佐野さんにびっくりして間抜けな声が出た。
あと"魅力的で美味しそうな獲物"って……何これ褒められてんの?
相変わらず訳がわからないといった表情をしていれば、やっと笑いの治まった佐野さんは改めてオレを真っ直ぐに見つめて言った。


「書類を見るだけなのと実際に話すのとじゃ、やっぱり違うな。君が気になっていたけど、今は君が欲しいとまで思うよ。だからこれで終わりっていうのは勿体ないだろ?」

「……はぃ?え、ちょっと待ってください。嬉しいけど待ってください混乱してます」

「あはは、嬉しいんだ。まぁこっちとしては手放す気はないけど、オレは秘書だから関わる機会少ないからね。あまり長くは待てないな。と、いう訳で出来る時にやろうと思う」

「へ?!何を?!いや待ってほんと待っ……?!」


そう言いながら佐野さんの顔がだんだん近付き、鼻がぶつかりそうな所まで来てオレはきつく目を瞑った。
内心悲鳴を上げて、近付く息遣いと香水の香りに心臓が破裂する勢いで脈打って、捕まれたままの手に自然と力が籠る。


―――― チュッ。


「………へ?」

「とりあえず会ったばかりだから今日はこれ位」


触れたそこはオレの額で、オレは涙目の真っ赤な顔で額を手で押さえて、言葉を発したいのに余りの急な出来事にただただ口をぱくぱくと動かす事しか出来ない。
まさかまさかの展開に喜びたいけど、急展開に心臓も気持ちも追い付かず、素直に喜べない。


「因みに次会う時はこれの比じゃないから覚悟しとけよ?」

「………?!?!?!」


最後に微笑みながら爆弾を投下された。



2015/5/22.


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あきゅろす。
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