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『向日葵の咲く頃には』
3


やっと落ち着いて改めて謝罪の言葉を告げれば「オレも今来た所だから」と佐野さんは笑顔で答えてくれた。
っていうかそんなデートでの定番なセリフをさらりと言われてしまい、ご飯行くだけなのにデート感を出されると浮かれてしまう。っていうか既に浮かれているんだけど。
オレが走って来たって事もあって、少し休んでから食べに行こうと佐野さんが提案してくれて、とりあえず人の流れの邪魔にならない様に端の方へ避けて休憩する。
落ち着いた頃合いを見て佐野さんの方へちらりと視線を向けた。
佐野さんは当たり前だけどスーツではなく私服。シックな色合いで纏められた、おしゃれな大人の格好。
アクセサリーもじゃらじゃらと着けるのではなく、主張の控えめなアクセント程度に着けてるだけで、それで更に大人らしさを醸し出している。
学校では秘書さんやってるからスーツ姿しか見た事ないが―――そもそも学校でも頻繁に会ってはないけど―――私服のセンスの良さにどきどきした。
オレ、服装選び失敗してないかな?並んで大丈夫かな……。
ついっと自分の服をつまんで確認してれば、それに気付いた佐野さんはくすりと微笑んだ。


「月ヶ瀬君の私服姿を見るのはこれで二回目だな」

「え?……あ、入寮日……」

「そう。その時よりもおしゃれな感じがするけど、今日の事、意識してくれた感じ?」

「へっ?!あ、えと……!!」


「まったくもってそうです!!」なんて恥ずかしくて言える訳もなく、オレは言葉を濁したが、どうやらそれに勘付いた佐野さんは再びくすりと微笑み、嬉しそうな表情でオレを見た。


「オレも月ヶ瀬君とのデート意識した」

「で……!!」


「良い大人が格好悪いね」なんて照れた風に言う佐野さんにオレは既にきゅんきゅんきている。
というかまさかご本人様からご飯のお誘いはデートであると告げられてしまった……!!
デートだった!!デートで合ってた!!デートに誘われちゃった!!イケメンさんとご飯デート!!
一人浮かれて興奮するオレをよそに「そろそろ行こうか」とオレの手を取って歩き出す佐野さん。
人目の多い場所にも関わらず、繋げられた手が嬉しくてそのままにオレも歩き出した。
……緊張でどきどきうるさい。手汗、大丈夫かな……。






辿り着いた先は裏通りにある一つの建物。
三階建ての小さなビルにお店が三件入っている所で、目的のお店は二階にあるそうで佐野さんに付いて階段を上がる。
開かれた扉の中は、広すぎず狭すぎずな店内で、バーカウンターと少しのテーブル席が設けられた、オレにとっては見慣れた感じのお店。
……ここ、未成年入って良いのかな?


「あの、佐野さん。オレ入って大丈夫なんですか?」

「大丈夫。ここオレの知り合いがやってるバーでね。事前に知らせてあるから」


そう言って何食わぬ顔でお店の中に入って行く佐野さんの背中に「法律上の心配なんですがね……」と心の中でつっこんだ。
つっこんだ所でオレも『バー・オレンジ』に通ってるという事実があるんだから、あまり意味ないのかもしれないけどさ。
でもママさんの所は世間にまだばれてないにしても、ここでばれたりしたら佐野さんにもお店の人にも迷惑かかる訳で……。
どうしようかと悩んでいると後ろに人がいたらしく「入りたいんだけど」と注意を受けてしまい、謝罪と共に道を開ける。
入口に佇んでいるのも邪魔なだけだし、オレは意を決してお店の中へと足を進めた。


「月ヶ瀬君、こっちおいで」


入って店内を見渡して、お店の雰囲気を楽しんでいれば、少し離れた所から佐野さんに手招きされて早足で向かう。
オレが来た事を確認してから店の奥にある二つの扉の内、片方のドアを開ける。
ドアの向こうは店内よりは落ち着いた内装の個室になっていて、部屋の中央にテーブルがあり、それを挟む様に両脇にソファーが置かれ、照明も小さめのシャンデリアのようなもので、程良く照らされている。


「何時もは店の方だけど、流石にまずいからね」

「お気使いどうもです」

「いえいえ。さ、落ち着いた所で好きな物頼んで良いよ。奢りだから」

「えっ?!や、そんな奢りなんて悪いですよ!!オレも払います!!」

「だーめ。デートだって言っただろ?」


くすりと微笑みながら言われるともう何も言えない。
オレが子供で、佐野さんが大人だからという理由ではなく、デートだから佐野さんが奢るのが当然だという事を言われてしまえば断りづらいじゃんか。
恋人って訳でもないのに、恋人の様な扱いをされて、オレは嬉しくてどきどきした。


「ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて」

「どうぞ」


ふにゃりと頬をだらしなく緩めてお礼を言えば、佐野さんもにっこりと笑った。
あー、格好良いなぁ……美人さんだなー。イケメンだなー。イケメンと個室で二人きりだー。





…………個室で二人きりだ!!!!


今更何をといった事を改めて認識すれば、その事実に緊張してきてメニュー選びに集中出来なかった。


2016/8/11.



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あきゅろす。
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