『向日葵の咲く頃には』
7
それに気付いたのか、一條が更に力を込めてきた為、これから訪れる解放感に我慢出来ずに身構えてその時を待つ。
本当に駄目だと思った瞬間……。
―――ピリリリ、ピリリリ、ピリリリ……
荒く上がる息遣いと布の擦れる音とソファの軋む音で包まれていた空間に、少し高めの機械音がテーブルの方から響いた。
その音にオレも一條も動きを止めて、二人してテーブルへ目をやれば、そこには一條の携帯が置かれてあり、勿論音の発生元はその携帯からだ。
しんと静まり返る室内に携帯の着信音だけが響き渡り、連続して鳴る事から電話がかかってきていると察する。
どうするのか。出ないのか。そう思って一條を見上げれば、一條は酷く嫌そうな表情で自分の携帯を睨み付けていた。
「……で、出ない……の、か?」
「……出たくねぇ」
「でも、急用、かも……」
「……」
とりあえず、こいつ一応生徒会長なんだから何か緊急事態が起きて連絡が入ったのかもしれない、そう思って出るように言ってみれば、一條は小さく舌打ちをしてからゆっくりとオレの上から降りていく。
離れた事によって少しだけ落ち着きを取り戻す事が出来て、でも今の自分の状況を理解して頭を抱えたくなった。
……怖かったとしてもオレ、今すげぇ寸止め状態じゃねぇか……辛ッ。
一條が電話に出てる間にトイレに行って抜いてきても良いかなと、ちらりと一條を見れば先程までの表情とは打って変わって物凄い不機嫌面をしていた。
びくりと肩を揺らして、どうしたのか尋ねようとしたが、鳴り響いていた機械音が一條の指によって停められる。
耳に宛てない所を見る限り、電話に出るつもりがないのか携帯を睨み付けながら「またかよ……クソッ」と悪態をつく。
良くわからないが、今は話しかけたら不味いのではと悟ったオレは、この状況を本当にどうしようかと思い悩んだ時、再び一條の携帯に着信が入る。
切られたから改めてかけ直したのだろう。やっぱり急用なんじゃ……?
静かに様子を窺っていれば、今度は携帯を耳に宛てて心底嫌そうな声音で通話を開始する。
「………………なんだよ」
「≪やぁっと出たな、一條!!≫」
「……え?」
「……」
電話先の相手は一條がやっと電話に出た事に対して怒りからなのか、大声で話し出す。
が、それがどうしてなのか、この部屋の玄関の方からも同じセリフが聞こえてきた。
と、いうか電話越しよりもそっちからの声の方が断然大きく聞こえてるんだけど。どゆこと?
「……お前、今部屋の前にいるだろ」
≪一條の行きそうな場所なら直ぐわかるもんね!!≫
「……くそウゼぇ」
今度は音量を下げて話しているのか、携帯電話越しに少しだけ音が漏れる程度にしか聞こえない。
それでも一條の質問や、そのあとの表情からして電話の相手は、やはり玄関の向こう側にいるんだとオレは把握した。
電話の相手が誰なのかまではわからないけれど、わざわざ部屋の前まで来て、電話もしてきたんだ。
つまりは一條を迎えに来たという事が容易に浮かぶ。
オレは気付かれない様にほっと息を吐いて、どうにかこの場から抜け出せないかと、ゆっくりと身体を動かしてみる。
限界寸前の所で寸止めくらってるから本当は動くのもしんどいんだけどさ……。
とりあえず、なるべく刺激を与えない様にゆっくりと足を動かして寝転んでいた身体を座り直し、一息吐いてから立ち上がろうとした。
……が、その際にふと影が差して嫌な汗が背を伝い、ちらりと影の方を見れば、電話中の一條がオレの目の前に戻って来ていて、不機嫌な表情のままオレを見下ろしていた。
不機嫌な表情に浮かぶ視線には"何処行こうとしてんだてめぇ"という文字が刻まれている。
それを本能で察知したオレは、立ち上がる為に膝に置いていた両手をすっと太ももの上で組んで、一條から視線を外した。
……いやだってめっちゃ睨んでんだもん。怖いじゃん。
別にオレに対して機嫌を悪くしている訳ではない……筈だ。
だから別に一條がなんと訴えてこようが関係ないのだ。
……ないんだけど、そこはほら、性格はアレだけど好みの見た目だし、格好良いし……ねぇ?
(つまりオレも男なんですよ、って話で……)
誰に言う訳でもないのに、言い訳がましい事を考えていた為、うっかりしていた。
目の前から伸びてきた手が布越しに再び刺激を与えてきた。
「ぎゃっ?!ちょ……」
びっくりして上がった声が思ってたより大きくて、電話先の相手に聞かれてしまったかと不安になり、口元を押さえる。
空いている手で、オレの股間をぐにぐにと揺する一條の手を掴んで静止を試みるが、与えられる刺激と限界だった事もあって本気で拒む事が出来なかった。
再びやってくるその感覚に涙を零して受けていれば、不意に電話を耳から離した一條がオレの耳元に顔を近付け「ふぅ」と息を吹きかけてくる。
わざとやっているという事は直ぐにわかったけれど、それをやめさせる為には手を離さないとならなくて、オレはどうしたらいいのかを必死に考えていた。
「……そろそろイキそうか?」
「んっ、やめ……!!」
「けど残念。またお預けだな」
「……ふぁ……?」
耳元でくすりと囁かれて、その言葉を脳内で反芻する。
え?今こいつ、なんて言った?は?お預けって言った?
混乱しながら一條を見れば電話の相手に「仕方ねぇから行ってやるよ」と偉そうに返事をしていた。
……あ、聞き間違えとかじゃなさそうですね……。
ぴっと通話を切った一條は、それまでオレの股間に置いていた手をすんなりと離してしまう。
「悪いな。行かねぇとアイツ、部屋の前から動かねぇってうるさいんでな」
「…………そ、すか……」
「んな残念そうにすんな。続きはまた今度してやっから」
「ざ、残念そうにしてねぇし!!さっさと行ってしまえ!!」
かっと頬の熱が高まり、叫ぶ様に言い返せば一條は小さく笑うだけで、そのまま立ち上がって玄関の方へ消えていった。
一條の向かった先でドアが開いたのと同時に「会いたかったぞ!!一條!!」という、なんともテンションの高い声音で迎えた電話の話し相手。
……生徒会の仕事じゃなかったのか……。
彼と約束でもしていたのか。そのうえでオレにちょっかいかけてきていたのか?
「……なんか、腹立つ」
小さなもやっとしたものが胸中を渦巻いたが、別にオレも一條も本気な訳ではないし、付き合ってるとかそんな関係でもなんでもないのだから、気にしない事にしよう。
そう思ってオレは、不貞腐れたまま中途半端にされてもうどうにかしなきゃならない下半身を一人慰めた。
2015/12/5.
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