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『向日葵の咲く頃には』
2


反対方向の先には、本校舎にある一部の移動教室用の空き教室が並ぶ階に繋がっていて、教室のある廊下と空き教室のある廊下の丁度間に上りと下りの階段がある。
オレが最初に学食から来た時の方には階段しかないから、この階の空き教室を使う時はこっちの道を使うのか。
そんな事を考えながら下り階段に足をかけようとしたその時、空き教室の方から何やら音が聞こえて足を止める。


「……なんだ?」


別に誰か生徒が歩いてるなり教師がいるなり、そんなもんだろうとは思ったけど、不思議に思ったのと探索という好奇心もあり、オレは音のした方へ向かってみた。
向かった先には化学室や生物室、それにそれぞれの準備室といった理系用の空き教室だった。
廊下自体は、音がしたのは本当は気のせいなのんじゃないかと思う程静かで、踵を返そうと思ったらがらりと化学準備室の方から一人の生徒が出て来た。
出て来た生徒はオレに気付いた途端、ぴたりと動きを止めて、顔を真っ赤に染めながら慌ててその場を走り去って行ってしまった。


(なんだ?どうしたんだろ、あの人)


不思議に思いながら走り去って行った生徒を見ていれば、再びドアが開かれる音がして、まだ誰かいたのかと振り向き直せば、今度はオレが硬直した。
何故ならば、先程の生徒が出て来た化学準備室から新たに出て来た人物が、高身長に柑子色(こうじいろ)の髪をワックスで軽く流す様にセットされた、垂れ目気味のイケメンだったからだ。
「相も変わらず今日もイケメンごちそう様です!!」なんて心の中で感謝の気持ちを叫んでいれば、目の前のイケメンの手元に目が向いて、オレは更に身体を硬直させた。
目の前のイケメンは、あろう事か寛げられていたスラックスのチャックを戻し、更にベルトを直していたのだ。
人気のない空き教室から―――良くは聞こえなかったけど―――謎の物音に、ちょっと間を開けて出て来た生徒二人、一人は顔を真っ赤にして走り去り、一人は下半身の身なりを整えながら出て来た。
それらから連想されるのは、恐らく一つしかないのだが……。


「……あれ?次の子とヤる約束した覚えないんだけど?」


きょとんとした表情で聞いてくる目の前のイケメンの発言により、不確かな答えは確定された。
この人と走り去った人ここでナニをしてたのかーッ!!マジかー!!人目とか気にしないのかー!!てか"次の子"ってなんだー?!


「す、すみません!!違います!!ただの通りすがりです!!失礼しました!!」


人のそういった行為を覗き見する趣味はないし、それに便乗する気もないので、オレは足早にその場を去ろうとしたのだが、突然手を掴まれてそのまま力任せに後ろに引っ張られてバランスを崩しそうになった。
転ぶと思われたオレの身体を、イケメンが支えてくれてなんとか無事ではあったが、いまだに後ろから手を掴まれたままだし、背後にいる気配が気になって落ち着かない。
なんだなんだと思っていたら、そのままぐるりと回転させられて向かい合わせになり、再び目の前にイケメン顔が来てじっと見つめられる。
……てか近ぇ!!


「あ……の、なんすか……?」

「うーん……。見ない顔だなぁ、と」

「あ、オレ今日からここに通い始めたんで……」

「そうなんだ、どうりで。なん年生?なに君?」

「二年の……えと、名前は月ヶ瀬ですけど……」

「月ヶ瀬なに君?」

「慎、です……」


「慎君かぁ」と目の前の人はふにゃりと緩く微笑みながら呟いた。
……人懐っこい犬の、可愛いけど格好いいゴールデンレトリバーのようだ。


「オレは三年の栗山 康人(クリヤマ ヤスト)って言うんだぁ。宜しくね、慎君」


そう言いながら栗山先輩は、上に向いた状態のオレの額にちゅっと可愛らしいリップ音をたてながら軽いキスをしてきた。
その自然な動作に一瞬反応が遅れたオレは軽く解けかけていた硬直が再び戻ってしまった。
慌てて掴まれていない方の手で額を押さえるが、顔に集まる熱は誤魔化せず、真っ赤なまま栗山先輩を見れば、ふにゃっとした笑みのまま、くすくすと微笑まれた。
うわぁー……イケメン!!格好良い!!岸谷とはまた違った癒し系だ!!
そんな笑顔にほだされていたオレは、次の先輩の発言によってそのイメージが崩される事となった。


「丁度良いや。慎君、このあと時間ある?オレまだヤり足りないんだよねぇ。ネコ役ヤってかない?」

「はっ?!いや、あの……え"ッ」

「気分じゃない?そっかぁー、残念。別の人に頼むかぁ。……あ、でもオレわりとその辺でヤってるから気が向いたら何時でも声かけてね。サービスしてあげるから」


にっこりと良い笑顔で言う栗山先輩に「……そっすか……」しか言い返せなかった。
……ってかサービスってなんすか……それ。


2015/9/26.



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