『小虎の恋模様』
19
目的地である体育館近くに辿り着きた時、小虎の緊張は増した。
この先で暴行が行われている、その現場に割り込むという事は、あまり経験のない小虎にとって緊張しない訳にはいかなかった。
恐怖と不安とで心臓がドキドキと耳にうるさく鳴り響く。
ゴクリと唾を飲み込み、意を決して体育館裏へと声を上げる。
「せ、せせ生徒会です……!!今すぐ乱暴は―――……」
勢い良く、でも怖いあまり何時もの様に吃ってしまったが、そんな事を気にする余裕はなかった。
現場に辿り着き、暴行を止める為に身を乗り出した小虎の見た光景は驚く以外なかった。
暴行が行われている、と助けを求めてきた生徒の言う通り体育館裏へとやってきたはいいが、そこはシン……、と静まりかえった光景しかなかった。
どういう事だろう?、と首を傾げる小虎。
まさか誰かを呼ばれたという事に気付き、既に立ち去ってしまったのだろうか。
それでも体育館の中から楽しげな声音が小さく聞こえはするものの、走りさる様な足音は一切しない。
暴行を受けていたと思われる生徒の姿も見当たらない。
一体、何がどうなっているのだろう……?
「どういう……、ッ?!」
改めて助けを求めてきた生徒に話を聞こうとした時、突然小虎の鼻を覆う様に口元に布が押し当てられた。
驚いて抵抗しようともがくが、左右の腕をガッシリと両脇から押さえられてしまい、身動きをとろうにも出来ない。
どうして、と横目に確認をしてみれば、両脇で小虎の腕をそれぞれ押さえ付けていたのは、助けを求めてきた生徒と―――風紀委員の一年生。
(っ、な、んで……)
一年生はギュウッ、ときつく目を瞑り、放さない様しっかりと力を込めて掴む腕をブルブルと震わせている。
その様子に疑問を抱きつつも、布から薬品の臭いが鼻腔を刺激して、クラリと視界が歪んだ。
本能的に吸っちゃ駄目だと思いつつも鼻も口も押さえ付けられている状態で息は続かず、どうしても鼻を通って体内に薬品が入り込んでしまう。
布を宛がってる人は誰なのか―――そんな事、歪む視界と働きの鈍くなった脳でも考えるのは簡単だった。
何故なら小虎の後ろでクスクスと楽しそうに笑う声音が彼のものだから。
「ははっ……だから言っただろ?気を付けろって」
(ッ……よ、しの……せん、ぱ……)
「まったく……。怖がりで弱い筈の君のその無謀な勇気には驚かされるよ。普通なら役員の誰かの手を借りる事も出来るのにそれもしないでさ。……でも、今回はそれで良かったよ」
小虎の耳元で囁く吉野の声が低く響く。
一体どういう事なのか、どうしてこんな事になっているのか、吉野の言っている意味はなんなのか、グニャグニャの思考では何も纏まる事も答えを導き出す事も出来ない小虎は、ついに意識を手放してしまった。
ガクリと身体の力が抜けて倒れそうになった所を吉野が支え、確認をした他の二人が小虎の両腕を放す。
「おい、吉野。何時までもここにいたら気付かれる。行くぞ」
「わかってるって。……さてと」
吉野は気を失っている小虎を横抱きにして抱え直し、風紀委員の一年生を見遣る。
ビクリと肩を揺らす一年生は、ガタガタと震えて小虎と吉野を交互に見た。
「お前もついて来るだろ?なぁ?」
「っ、……は、い……」
そう優しめな声音で言う吉野の言葉は、一年生にとって優しいものでもなんでもなかった。
震えるまま、コクリと頷く一年生を見てニコリと微笑む吉野の目は冷えたものだった。
2017/8/12.
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