『小虎の恋模様』 17 ―――それから月日が流れ、二年生になって初めての梅雨入り。 ジトジトと湿気の多く含まれた空気が肌を撫で、衣替えをしたとはいえ多くの生徒達はうっとおしそうに眉を顰めている。 吉野の件では、謹慎は話に聞いた通り解かれていて、綾小路が言うには学園にも顔を出しているとの事。 GWの最終日に草間や紀野、そして巽の忠告を受けた小虎は、言われた通りなるべく一人で行動しない様に心掛けて過ごしてきた。 結果から言うと、吉野が小虎への接触は今の所見る事はなく、心配は杞憂となった。 だが油断は出来ない、と変わらず草間が傍に控え、紀野や巽も時々声をかけたり、遠野も廊下を歩くついでにと小虎の様子を窺ったりしている。 何かと役員全員から気にかけられて小虎は申し訳なく思いながらも、皆心配してくれているという事へは心から感謝する日々を送った。 「先輩、書類預かってきましたよ」 「あ、ありがとう」 放課後は何時もの様に生徒会の仕事の為、生徒会室に役員は集まる。 学園から渡される書類や、風紀委員会や他の委員会、部活動からの報告書や申請書の書類の確認や整理を行ったり、生徒会にしか出来ない案件に目を通したりと、相変わらず役員の仕事は大変だった。 小虎も役員候補の頃から生徒会の仕事を見たり、手伝ったりはしていたから少しは慣れて来たけれど、やはり責任ある役職な為、気が抜けない。 若干頭に詰め込み過ぎてフラフラしながらも山内から手渡された書類に目を通す。 「"夏の外部生見学会について"……もうそんな時期なの?」 「オレも気になったんで聞いてみたんですが、外部学校で募集期間を設けたりするのに早めに連絡が入るみたいですよ」 「そうなんだ」 「賀集、外部入学だったんでしょぉ〜?なぁんで覚えてないの」 「あ、えと……ボク、締切ギリギリの頃に勧められたから、知らなくて」 小虎は進学先を何処にしようかとギリギリのギリギリまで悩んでいて、そんな小虎を見兼ねた担任は一通り小虎が受けられそうな学校をいくつか提案していた。 その中に、学力的にもしかしたらギリギリ行けるんじゃないか、という事で外部生の見学会の募集していた蓮見学園も候補に入れて、見学会に参加させていたのだ。 学園の雰囲気を見て小虎は蓮見学園を一応候補に入れて、受験した結果、なんとかギリギリで入れたという奇跡に当時の担任も自分の事の様に吃驚していた。 「ねね、外部生見学会ってどんな感じだったの〜?」 これまでの作業を一旦やめて遠野が小虎の近くに寄って質問する。 この生徒会室にいるメンバーの中で外部生なのは小虎のみ。 小虎は当時の事を思い出しながら内容を話す。 「んと……。学園に着いたら案内役の生徒さんと先生が待ってて、何人かに別れて行動したよ。その時は詳しい説明とかは、されなかったけど……、どういった学園なのかって話はされた……かな?」 当時の事を思い出しながら遠野に伝えれば、ふぅ〜ん、とあまり感心のない様な返事を返された。 遠野もエスカレーター式での持ち上がり組なので、外部生の入り方に興味があるのかと思えば、特にそういう訳ではないようだ。 特に気にした様子のない小虎は、懐かしいな、と当時の事を再び振り返る。 (あの時は門の大きさや学園の広さに驚いてばっかりだったなぁ。説明されながら歩いたけど、吃驚しすぎて殆んど頭に入ってこなかったけど……) 広くて綺麗な学園に目移りして歩いた為、案内してくれた教師の話を所々聞き逃すという失態をしたが、それでも入学した今も特に不都合な事はないから、意外と聞き逃しても大丈夫な内容だったのだろうか、と今となってはそう思う事にした。 だけど、入学する前だった当時は聞き逃したという失態によって大変パニックに陥った出来事が起きた。 それは忘れもしない、見学会で迷子になった、という出来事。 一緒に回っていた他の生徒や教師について歩いていたと思っていたら、気が付いたら周りに誰もいなくて、こんな広くて静かな所に一人という事に焦りを感じ、慌てて探しに出たがどちらの道に行ったのかもわからなかった小虎は、結果的に迷子になってしまったのだ。 どこを見ても人一人として姿が見えない状況に、ジワリと涙が浮かぶ中、最初の集合場所に向かおうと一度外へ出たが、集合した場所へはどう行ったら良いのかという次なる疑問に当たり、小虎はあっちへ行ったり、こっちへ行ったりと、その場をウロウロと往復するしかなかった。 情けない話だとは思うが、その時の小虎ではそれが精一杯の行動でしかなかった。 (あの時は本当にどうしようかと思ったけど、確か誰かに道を聞いたような……) ふと思い出した記憶の中のその"誰か"の顔を思い浮かべる。 ……が、その時は本当に焦っていたし不安だったしで相手の顔を良く見ていなかったから、思い浮かべた所で鮮明になる事はなかった。 (あの時はボク、泣いてたしな……。学園にいたって事は関係者だと思うけど、あの人誰だったんだろう……) 思い出せないその人物に改めてお礼を言いたい所だが、如何せん顔も名前もわからないうえに、学生なのかそうでないのかも不明なので、お礼を言うのは無理そうだな、と小虎は溜め息を吐きながら諦めた。 2015/8/15. [*前へ][次へ#] [戻る] |