『小虎の恋模様』 5 Side 紀野 「無事に入学式終わったなー」 「だな」 新入生が全員講堂から出た事を確認して、残った役員と教員で軽く講堂内を片付ける。 使用した機材のチェックをして、電源を落としながら周りを見回せば、賀集が遠野にグチグチ何かを言われてる所を綾小路先輩がそれをやんわり止めていた。 恐らく挨拶の時の一言について言われているのだろう。 賀集が頭を下げて謝っている。 「そいやオレ、薊が会長君の事好きなの知ってっけど、何時からなのかは知らねーな。やっぱ去年の梅雨ん時?」 「いや?オレその時よりももっと前から知ってる」 「何時の話よ」 「中学ん時」 何時の話だ?、と更に首を傾げる蓮汰郎に、オレは話しながらその時の事を思い出す。 ―――中学三年の夏休み。 オレはその時、用事があってここ、蓮見学園高等部に来ていた。 暑いし怠いし面倒くさいしでさっさと済ませようと歩みを速めていると、ザワザワと騒がしかった。 なんだろうとそちらに目を向けると見知らぬ制服を着た生徒が数十人と引率と思われる教師四人がそこにいた。 そういえばこの時期、外部受験生の為に高等部の案内などの説明会で人が来る事を思い出す。 オレは持ち上がり組だから関係ないとその場を立ち去り足早に用事を済ましに行った。 用事が終わり、さっさと中等部の寮に戻ろうとしていた時、一人の生徒が視界に入った。 その生徒は、Yシャツに見慣れない色のベスト姿で、遠目から見ても背が小さいのが見てとれた。 生徒は、ずっと学園の校舎を見つめていた。 そんなにジッ、と見るものでもないだろう……、そう思って観察していれば、その生徒は辺りをキョロキョロと見回して、右に行ったり左に行ったりと不審な行動をとっていた。 否、それが不審な行動ではない事を瞬時に理解する。 何故なら彼は表情を歪ませ、慌てる素振りが窺えたからだ。どうやら迷子のようだ。 どうしたものかと暑い中ぼんやりと考えていれば、彼はオレの存在に気付いたのかパッ、と表情を明るくしてパタパタと小走りにオレの元へやった来た。 「す、すみません……。あの、外部生の見学会で……あの、他の人、見かけませんでしたか……?」 「それなら少し前に向こうの方で……」 「あぁ、いたいた。どこほっつき歩いていたんだ、賀集!!」 「……せ、先生」 説明をしようとしたら丁度彼を探していた引率の教師が見付けたらしく、オレ達の元に駆けつける。 教師がオレにヘコヘコと頭を下げるものだから気にしてないと言えば一度深くお辞儀をして彼を連れて行ってしまった。 別れ際に、良かったね、と言えば本当に迷子で不安だったんだろう、彼は潤んだ瞳を細めて、ありがとうございました!!、とオレに笑顔で礼を告げた。 別にオレ自身は何もしていないのだけれど、そう心の中で呟いたがオレはそれ以上に何も考える事が出来なくなっていた。 お礼を告げた彼の涙で濡れた綺麗な瞳が、幼さを残すその可愛らしい笑顔が、オレの中に留まった。 「……小動物みたいだ……」 気付いたらそう呟いていた。 彼を見てから周りのセミの声や、風に揺れ擦れる葉の音とかが全く耳に入らない。 その代りにオレの心臓がうるさく鳴り響く。 在り来たりだけど、どうやらオレは彼に一目惚れをしたみたいだ。 だけど、彼は外部生。受験して受かってくれないと再会の望みは薄いだろう。 オレは何も出来ないから、受かる事をただただ祈るだけで、オレは止めてた歩みを再開する。 ―――それから月日は流れて、春。 何事もなく入学式を迎えたオレは、幼馴染の蓮汰郎と一緒に講堂に向かっていた。 その途中、クラス表なるものが貼られたパネルの人だかりに目が行き、別にAクラスと知らされているから関係ないかと素通りした。 いや、素通りしようとした。 視界の片隅に、一瞬だけ彼の姿が見えた気がしたからだ。 勢い良くそっちに視線を向けて確認するが、人が多すぎてわからなかった。 隣で蓮汰郎が、どうかしたか?、と聞いてくるが、なんでもない、と答えた。 講堂に行き、入学式を迎えて長々しい話を聞いて、眠気と戦って。 終了して教室に行くかと出入り口に向かってる途中、混み合う人混みの中、ふと上げた視線の先に―――彼がいた。 見間違いじゃなかった。合格したんだ……。 嬉しさのあまり、息をする事も忘れて彼を見続けた。 クラスに行くが彼の姿はなく、別のクラスなんだと凄く残念だった。 後から気付いたが、どうやらかなり後ろのクラスにいるらしく、彼―――賀集 小虎とはなかなかすれ違う機会もなく、話しかける事もなく入学式から二ヶ月が経ってしまった。 梅雨時な為、毎日朝から雨ばかりで、どこもかしこもジメジメと気分が優れない、そんなある日の一日がやっと終わり寮へ帰る為、昇降口へ向かったらそこで誰かがウロウロしていた。 怪しいな、とも思ったがよく見れば賀集だった。 少し様子を見ていると、傘立てを確認して外を眺めている。 朝から雨は降っているから傘を忘れたという事はないだろうから、傘がなくなってしまって帰れないのだろうと推測する。 これはチャンスだ、そう思って声をかければ賀集はビクリと肩を大きく揺らした。 びっくりしたと表情で語る賀集を見て、可愛いな、と思いながら一緒に帰る事に。 半年以上経った今でも、横に並べばその体格差はあって、小さく華奢な身体は薄着な格好だったあの時も思ったが、ブレザー姿の今も、それと中のセーターの袖で手が少し隠れている事からさほど変わりがないように思えた。 濡らさないように傘を賀集側にしていれば、必死に謝りながらオレの心配してくれた。 優しい子だな……。人と話すのが苦手なのか少し吃り気味な所が逆に可愛く感じる。 「賀集を濡らす訳にはいかないし、気にしなくて良いよ」 そう本音を伝えれば、賀集の顔が真っ赤に染まった。 真っ赤になったと思ったらバッ、と顔を背けられてしまった。 (………お?) なんとなくその反応に期待しつつも何も見てない素振りをする。 「まぁ、こんな感じかな?」 「……お前は本当に会長君の事になるとテンションおかしいな」 呆れた視線を向けてくるが、お前が聞いてきたんだろうが。 そう思いを込めて蓮汰郎の足を蹴り飛ばしておいた。 「でもよ、今の内容だともちっと仲良さげになってても良いんじゃねぇの?初対面って訳でもなかったんだし」 「賀集は見学会でオレと会った事、覚えていないと思うよ。涙目だったし、結構慌ててたし」 「……なんつーか、残念だな」 「まぁ、これからはそう簡単には忘れさせないし構わないさ」 「さいですか……」 今度は賀集の方を見て、ご愁傷様、会長君……、なんて呟く蓮汰郎の肩を軽く小突いておいた。 2015/4/17. [*前へ][次へ#] [戻る] |