『小虎の恋模様』
5
「賀集」
入り口近くに来てくれた生徒会顧問の先生にプリントを渡し、受理された事を見届けて、さぁ直ぐ帰ろう!!、と思っていたらタイミング良く名前を呼ばれた。
その声にドキリと肩を揺らし、呼んだ人を見ればやっぱり紀野君だった。
ほんの少し表情が柔らかくなっているのは、どうやら見間違いではない様で、側にいる先生も少し珍しそうに紀野君を見ていた。
「あれから、なかなか会えなかったから聞けなかったけど、風邪引かなかった?」
「あ、うん。へ、いき……だったです……。あ、あの、紀野君……は?」
「オレも平気だった」
あの日の帰りの事は気になっていた。
それは紀野君も同じだったらしく、こんなボクの体調を心配してくれていたなんて……なんて恐れ多い……。
それでも心配してくれた事が嬉しくて頬に集まる熱に気付かれない様に口元を手で隠す。
果たして隠されているのかわからないが、今は何も持っていない為それでやり過ごすしかない。
……あぁ、久し振りの紀野君の気配の近さに顔を上げられない……。
「賀集のクラスは何やるの?」
「……へ?」
「文化祭」
体調の確認だけかと思ってたら会話が続き、うっかり間抜けな返事を返してしまった。
恥ずかしさのあまり顔に集まる熱の量が増えた事に気付き、手で覆いながら答えた。
「お、……おおお化け屋敷……っ」
「お化け屋敷か。賀集はなんの役やるの?」
「あの……、背、低い……から、白いシーツ被るだけのオバケ?」
「おどかす役なんだ」
「う、ううん……。客寄せを……」
「看板持って歩くの?」
「た、多分……」
そこまで聞いて紀野君は何かを考える素振りをする。
隣を見れば先生もそんな感じで、そしていきなり先生は吹き出した。
いきなりだから訳がわからず、ビクリと肩を揺らせば、適役だな、なんて笑われた。
……どういう意味ですかそれ、という気持ちを込めて先生を見ていれば今度は紀野君が、うん、と頷いた。
え、何が"うん"なの?、と紀野君に向き直れば、紀野君はあの時同様、優しく微笑みながらポンとボクの頭に手を置いて……。
「賀集なら可愛いオバケになるだろうね」
なんて言いながら頭を撫でて、楽しみだな、と目を閉じて笑った。
その珍しい表情に近くにいた先生だけでなく、それを廊下で見ていた他のクラスの生徒たちが驚いて悲鳴やら黄色い声やらが飛び交った。
そんな笑顔を目の前で見せられたボクは心の中で叫び、顔を真っ赤にした。
2015/3/29.
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