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■短編■
5


「ふぁ…ッ、ん、…はぁ……」


漸く離された唇からは乱れた息遣いと、久瀬の唇に繋がる銀糸がぷつりと切れる光景。
酸素の足りない脳でそれを見つめているが、何が起きてどうなったのかははっきりと理解できた。
オレは顔を真っ赤にさせ、滲む視界の中に映る久瀬を睨みながら久瀬の胸板を力いっぱいに押し遣る。
腰に添えられた手がそのままだからさほど距離は取れてはいないが。


「な、なななん……ッ」

「好きってこういう意味の好き、っていうのをわかりやすいように伝えただけだけど」

「は……はぁぁあああ?!そ、そんなん……く、口で言えや!!」


きっぱりと告げられた内容にオレの顔は更に熱が籠り、余計に赤みが増しただろう。
首の後ろに添えられていた右手がオレの唇の端から零れている唾液を拭い取り、久瀬はそのまま自分の口元へ持って行き、あろう事か目の前で舐め取る仕草を見せ付けてきた。
それにより更にぐわっと熱が上がり、滲む視界は耐え切れずついに頬を濡らした。


「なっ!!な、何、舐め……ッ」

「佳賀里は可愛いね。キスしたの初めて?」

「だ、だったら悪いかコンニャロー!!つーか可愛いってなんだ!!可愛いって!!」

「コンニャローって。いや十分可愛いよ。あとキス初めてなのも悪くないよ。むしろ嬉しい」


そう言う久瀬はふにゃりと、本当に嬉しそうに笑った。
その顔も初めて見るものだったから、あと至近距離って事もあったから、その瞬間心臓がどくりと高鳴ったのは仕方ないと思う。


「オレさ、本当は佳賀里に気持ち伝える気なかったんだ」

「……は?な、んで……」

「男同士だし。玉砕の確率高いでしょ?佳賀里は女子にしか興味ないだろうし」

「……そ、れは……まぁ……」

「片想いでいようとは思ってたんだけどさ。佳賀里、大学に入って初めて好きになった子、いたでしょ?」

「……………お前と付き合ってて破れましたがナニか?」


嫌な事を思い出す羽目になり、オレは若干機嫌の悪い声音で答えれば「怒らないでよ」と久瀬は何故か嬉しそうに微笑む。


「オレ、その子と一週間程で別れてるんだ」

「……は?……え、一週間?」

「そう」


衝撃的真実にオレはびっくりして、ぽかんと間抜け面で久瀬を見る。
相変わらず嬉しそうに微笑むままの久瀬の様子に少しばかり違和感を感じた。
けどその違和感がなんなのかわからずにいれば、久瀬が更に話し出す。


「佳賀里、その子の事一ヶ月近く引きずってたよね?それから少しして別の子好きになったよね」

「……な、んでそんな事まで……?」

「二人目の子もオレと付き合ってて、失恋しちゃったんでしょ?でもね、その子とはね、五日で別れたよ」

「……あ、の……久瀬……?」

「だってそうだろ?オレは佳賀里が好きなんだから、その子らと付き合ったって意味なんかないだろ?」


ふわりと微笑んだあと、久瀬はオレの身体を優しく抱き締めた。
力を込めれば簡単に解けそうなそれでも、その優しすぎる抱擁は逆に解けない、目に見えない脅迫めいた何かを感じて肩が震える。
「それとね」と続く言葉に息を飲む。
久瀬の口から語り出された内容は、二人目以降のオレが好きになった相手とも付き合ったけど、一週間もしない内に直ぐに別れたという事と、その子達はもう久瀬に一切関わらなくなった事と、昨日遊びに行ったのはオレが好きだった河口さんを久瀬自身に気を向かせてオレから河口さんを離す目的で行ったとの事だった。
それらの話を聞いて要約すると、オレの事を好きな久瀬は、オレが好きになった相手をオレから離し、気のない相手とわざと付き合って失恋させ、諦めさせる為に行動してたって事だよな……?


「なんだよそれ……。なんでそんな事……」

「確かに誰を好きになるかなんて自由だよ?佳賀里は惚れっぽい所があるから大変だったよ。でもね、我慢出来ないんだよ。佳賀里がオレ以外の誰かを好きになるの」


そう告げた瞬間、オレの身体を優しく抱き締めていた腕にぐっと力が籠り、その声音にも怒りを込められた様に低く呟かれた。
その時初めてオレは、腕を払いのける事が出来なかったのは恐怖心を受けていたから、という事実に気付く。
気付いたら身体の震えを止める事は出来なくなっていた。





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あきゅろす。
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