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■短編■
4


食堂を出て走る事数分。
星川に連れて来られた場所は、今は人気のない寮一階の共同フロア。
大き目のソファーやテーブルがいくつもある、所謂休憩場となっていて、自販機も完備されている。
引っ張られながらだったから、足がもつれない様に必死だった為、肩で大きく呼吸していれば先に息が整った星川が自販機に向かい、飲み物を買っていた。


「ほら。落ち着いたら飲め」

「ゲホッ、……は、ごめん、ありがと……」


差し出された缶はココアと書かれてて、星川の手にはブラックコーヒーが握られていた。
良かった、ココアで。オレはブラックコーヒーは苦手なのだ。
そんなどうでも良い事を考えていれば、だんだんと息が落ち着いてきて、手元の缶のプルタブに指をかけ、開けた。
こくりと喉を通るココアは、予想通りの味でほっとした。
星川がソファーに座り、隣に座る様にとぽんぽんとソファーを叩く。
隣、座って良いのか……地味に緊張する。
そろりと近付いてほんの少し間を開けて座る。
星川が彦星だという確信はあるけど、さっき食堂で思いきり告白してしまった以上、どの程度の距離感で接して良いのかわからない。個人的には今すぐに抱き付きたいのだが。
そんな事を考えていれば、少しあった隙間は星川によって埋められてしまった。
……つまり、星川から身を寄せてきたのだ。


「ほ、ほほ星川っ?!」

「なんだよ。別に問題ないだろ?」

「や、でも……」

「織姫」


慌てるオレをよそに、星川は真剣みを帯びた声音でオレの名前を呼んだかと思えば、ぎゅっと抱き締めてきた。
びっくりして肩を跳ねらせたのが伝わったのか、更に腕に力が込められた。
震える手で持つココアの缶をどうしようかと思っていれば、それが伝わったかの様にタイミング良く星川が缶を取ってテーブルに置いてくれた。
今度は空いた両手をどうするかで悩んでいれば「はぁ」と首元に星川の熱の籠った吐息がかかる。


「織姫……会いたかった」

「……ひ、こぼし……」

「オレも長い事お前を探してた。何時になっても会えなくて、つらかった」

「っ……」


星川の、彦星の気持ちが、オレと同じだった事に涙が滲んだ。
誰もいないのを良い事に、オレは滲んできた涙をそのまま溢れさせてぼろぼろと零していく。
空いた両手を星川の背に回して、オレも力いっぱい抱き締める。


「お、オレも……!!ずっと、ずっと、彦星に会いたかった……!!」


そうしてオレ達は暫くの間そのままでいた。









落ち着いてきた頃、涙でみっともなく腫れた目を冷やす為に、一先ず星川の部屋に向かった。
星川の部屋も一人部屋らしく、オレの部屋と同じ造りだけど、住人が違うだけで全くの別物に感じてしまう。
本日二度目の濡れタオルで目元を冷やしていれば、隣に星川の気配を感じて、こてんと頭を星川の肩に寄りかける。
嫌がる素振りもなく、ふと笑った様な気配を感じて、じんわりと胸が温かくなった。


「それにしても織姫が男だったとは」

「言っとくけど、今まではちゃんと女だったんだぞ?今回はなんでか男で生まれてきたけど」

「まぁ、性別なんて些細なものだな。実際こうして男の織姫でも愛してる気持ちに変わりないし」

「……星川が大胆な事言うと恥ずかしいな」

「そうか?」


目元のタオルを少し下げて赤くなった顔を隠してみるが、星川にはバレバレらしく「可愛いな」なんて言いながらオレの頬を突いてくる。
ぷくっと怒ってますの気持ちを込めて頬を膨らませば、くすくす笑われるだけだった。
くっそう、本当は怒ってないっていうのも見抜かれてる。
星川が彦星であって、お互いの気持ちも確認し合えた今、オレ達を包む空気は色で例えるとピンク色をしているだろう。それ程、甘い空気で包まれていた。
「でも」とはたと気付く。


「……明日もちゃんと星川が彦星だって覚えていられるのかな?」

「なんで?」

「だって、何時もなら今日が終われば忘れちゃってたから」

「え、そうなのか?オレ毎日織姫の事覚えてたけど」

「……え"っ」


どういう事かと聞いたら、星川は地上に降りて人間として過ごし始めたその時からずっとオレを、"織姫"を忘れた事は一度もなく、でも昨日までは誰が織姫なのかはわからなかったけど、今朝食堂に行って初めてオレがそうだって気付いたらしい。
オレは年に一度の今日、7月7日だけ記憶が蘇り、その日だけ彦星を想い、もどかしい一日を過ごしては翌日には何もなかった様に普通に過ごしていた。
この違いは一体なんなのか、わからないけど彦星めっちゃ一途……すげぇ、嬉しい。
嬉しさで頬の熱を手で隠す。まぁ、言わずもがな星川にはバレバレなのだが、気にしない。
むしろ嬉しいという気持ちが伝われば良いとも思う。




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