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■短編■
2


幸か不幸か、今日は平日。
外に出れない、彦星探し出来ない―――諦めて授業に集中しよう。
そう渋々思い直してから、のそりと布団から出て顔を洗う。
洗面台の鏡に映る、わりかし整っていると言っても良い(自分で言うのもなんだけど)男の目がほんの少し赤く腫れていた。
時間に少しだけ余裕あるから冷やそう。
そう思って水で濡らしたタオルを持って再び寝室へ。
備え付けのクローゼットからシャツを取り出し、制服に着替え、ベッドに寄りかかって目元を冷やす。
因みにここの寮は基本は二人部屋なのだが、入寮前に希望すれば一人部屋に宛ててもらえる。
といっても数は限られるから申請順で、オレは運良く一人部屋になれた。
だからこそ朝からあんなに大騒ぎ出来るんだけどね。
時計を確認すれば、そろそろ食堂に行って朝食を済ませないといけない時間になり、改めて鏡を見て目元の腫れが引いたのを確認して部屋を出る。
廊下は食堂に向かう生徒で賑わっていて、オレの存在に気付いた数人の生徒が声をかけてくれて、オレもそれに返す。
そうしていればあっという間に食堂に辿り着き、トレーやお箸、スプーンを取る。
因みにここの食堂はバイキング形式となっていて、和食、中華、イタリア料理、フランス料理等、ありとあらゆる料理やデザートがそれぞれ食べ放題だ。
オレは何時も和食を選ぶ。たまに気分でパスタとかも食べるけど、朝はやっぱり炊き立てのご飯とお味噌汁を食べないと始まらない。
ほかほかご飯にわかめと豆腐のお味噌汁、焦げ目のない綺麗な卵焼きに焼き鮭、ほうれん草のお浸し、そしてデザートに小倉の羊羹とイチゴのムースを選んだ。デザートに関しては和菓子も洋菓子もどっちも好きだ。
それらを持って空いているテーブルに着き、手を合わせて頂きますをする。
賑わう食堂で一人、ご飯を進めながらちらりと辺りを見渡す。
オレの希望としては女の子として生まれた彦星なのだが、念の為にと生徒達を見る。
こいつじゃない、あいつでもない。あ、教師って可能性もなくはないのか。
ここにいるのかもわからない相手探しを一日で出来る範囲というのはもどかしい程に少ない。
……というか結構前の時から思っていたんだけど、オレ本当に彦星見付けられんのか?
そもそも誰が彦星かも、何処に住んでいるのかも年齢も何も知らないのに「この人が彦星だ!!」ってどうやって見分けるんだろう。
彦星が名乗ってくれるのか?オレと同じ境遇に立たされているのならそれは信じられるものだが、同じ境遇なら彦星だってオレが織姫だってわからない筈だ。
だったら申告制はないだろう。
ならばどうやって見付けろというのだ。
赤い糸か?赤い糸がオレと彦星にだけ見えるとかなのか?いやそれなら赤い糸を辿って行けば良い話なのだからこれも違う。
そもそも赤い糸見えてないし。
オレ今まで会いたいって想いだけでがむしゃらに行動出来てたのすげぇな。恥ずかしいな。
……彦星とわかる"何か"があるのだろうか。
あぁ……、今日は諦めると決めていたが、どうしても今日は彦星の事を考えてしまってしょうがない。


(彦星……会いたい。何時になったら会えるんだよ)


涙が出そうになってぐっと堪える。
朝からご飯食べて泣きそうになるとか、どんな状況だと周りから不審に思われてしまう。
気を取り直して食事再開とする。焼き鮭の骨を取っていると向かいの椅子が引かれる気配を感じ、顔を上げれば見知った顔が立っていた。


「おはよう、笹竹」

「あぁ、おはよう」


「相席良い?」と聞いてきた目の前の男は同級生で、この学校でイケメンだと騒がれている内の一人である、文月(フミヅキ)という男。
因みに"騒がれている内の"というのは、他にもそういった人間が複数いるからだ。
ニコリと微笑む文月に「いいよ」と言えば嬉しそうに向かいの席へと座る。


「文月はパン派か。文月っぽいな」

「オレっぽいってなんだよ。まぁ、パン派は否定しないけどね」


文月のトレーは見事なまでの洋食メニューで、外見といい雰囲気といい、文月らしいと思えるものばかりだった。
イケメンと騒がれる文月が座ったおかげで、四方からの視線がオレにまで刺さって若干居心地が悪い。
……オレの顔もそんなに悪い訳じゃないけど、目の前の男と比べると全く違う。
優雅にパンを千切って口に運ぶ姿も様になっていて、つい目を奪われて魅入ってしまった。


(……文月が彦星だったら……)


探し様のない相手を文月に当て嵌めて考える。
もし文月が彦星だったとして、見た目も性格も良い、誰に対しても良い、申し分ない人材だと思う。
文月が彦星だったら、もう勝ち組と言っても良い程だ。
…………でも。


(全然ときめかない……)


周りの生徒達は男ばかりだというのに、文月を見てきゃあきゃあと頬を染めて騒ぐのに、目の前に座る男を見てもオレはなんとも思わない。
普段のオレもそうなのだろうが、特別の日である今日でも何も感じないという事は、文月は彦星じゃないという事だ。
や、別に残念とか思っている訳じゃないけどさ。
彦星が変わらず男であるのなら文月みたく格好良い人とかだと良いなとかいろいろ考えちゃったりなんかして、ね。
でも結局、彦星であるなら誰だろうと気持ちは変わらないけどね。


「……ふふ。そんなに見つめられると恥ずかしいんだけど」

「っえ?!あ、ご、ごめ……」

「いいよ。笹竹が見つめてくれるの、嬉しいよ」

「……へ?」


じっと見てしまった事を慌てて謝れば、おかしそうに笑われてしまった。
更に真っ直ぐ見つめられながら何かとんでもない事を言われたような気がするのだが……?




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