馬鹿そののち可愛い寝顔(滝受け)
ひゅんひゅんと風を切る。その感触が直に伝わって来て指がびりびりするが、そんな事は放って置いて指先と的に意識を集中させる。いつになく真剣な顔の滝夜叉丸は、的目掛けて戦輪を放った。しゅん!と音がしたと思ったら、獲物はトス と的に刺さる。――ど真ん中より少しだけズレた、黒い枠の中。
「む…やはり今日は調子が優れないな……。」
年中自信過剰な滝夜叉丸には珍しく、その瞳は弱々しい光を放っていた。心なしか顔も赤く、汗ばんでいる気がする。
「はあ…今日は諦めて部屋に戻るか…。」
そう思い、投げた戦輪を回収しようと的へ向かって歩き出す。一足、一足、大地を踏み締めるように、自身の身体を無意識に庇うように、ゆっくり、ゆっくりと歩く。途端、地面が突然ふにゃふにゃと柔らかい物になってしまったような感覚を覚えた。
「―――ッ!」
迫り来る、雨に濡れた黒く堅い地面。身体に来ると思われる衝撃を覚悟しながら、滝夜叉丸は意識を手放した――。
「た―?」
「―き、た――しゃ―る!!」
頭がガンガンする。耳元で、頭の上で、誰かが叫んでいる。
「滝夜叉丸!!!!」
「――ッッ!!」
鼓膜が破れるんじゃないかという程の大声を耳元で出されたら堪ったもんじゃない。耳の痛さと頭の痛さ、それから全身のけだるさ。辺りを見渡すと、同級生から先輩、後輩までいる。室内に篭った薬品の匂い。それらを総合してやっと、自分が医務室の布団の上にいる事を理解する。
「滝、君は戦輪の練習中に倒れたんだ。」
「滝夜叉丸が倒れるのに気付いて医務室まで運んだのは私だぞ!」
何故此処にいるのか。誰が運んで来たのか。はたまた自分で歩いて来たのか。ぼーっと考えていたら喜八郎と七松先輩が教えてくれた。
「それって、ずっと見てたって事ですよね。」
「それって、ストーカーって言いますよね。」
「うん、ストーカー。」
「違うぞ!委員会の後輩を見守るのが、委員長の役目だ!」
「でも、普通日中は見てませんよね?」
「やっぱりストーカーじゃないですか!」
七松先輩と三木ヱ門と喜八郎が言い合いをしている。ストーカーがどうたらとか……。一体誰をストーカーしたと言うのか。
「気が付いた?滝夜叉丸くん。」
「あ…善法寺先輩……。」
「滝夜叉丸くんは熱を出して倒れたんだ。額の手ぬぐい変えるね。」
テキパキと手ぬぐいを変える。不運と言っても流石保健委員という事か、作業が早い。氷水に浸けられていた手ぬぐいがひんやりと冷たい。
「ありがとう、ございま、す。」
「いやいや、早く良くなるんだよ。僕は君の笑顔が―「伊作ーーーーーーーーーー!!!!」ゲフッ!」
目をぱちぱちとさせる。何が起こったのかイマイチ分からなかった。只分かるのは、さっきまで善法寺先輩がいた所に七松先輩がいて、善法寺先輩は壁に激突した体制で伸びているという事。
「滝夜叉丸、大丈夫か!?頭は痛くないか!?身体は!?滝夜叉丸、滝夜叉丸!大丈夫か!!?」
「七松、先輩…少し静かに…。」
「おお、すまない!」
大丈夫かーと先程より小さくなった声で問い掛けてくる。私は一応大丈夫です、と返しておいた。
「熱出してるのに気付かずに練習してるなんて、滝らしいね。あ、褒めてるんだよ。」
綾部がにっこりと笑う。その笑顔と褒められたのが恥ずかしく、私は顔が熱くなるのを感じた。
「雨に濡れながら練習して、熱出すなんて馬鹿じゃないか!もっと自分の身体を労れ!この馬鹿滝夜叉丸!」
「ぐ…!三木ヱ門に、言われたくは、ない!」
三木ヱ門に対抗するため身体を起こそうとしたのだが、身体が思うように動かない。
「馬鹿滝夜叉丸、寝ていろ!」
額を押さえられ布団に縫い付けられる。ああ、額が熱い。
―と、額にひんやりとした手ぬぐいが当てられた。左側を見れば、七松先輩が手ぬぐいを氷水に浸していた。
いつも振り回されている七松先輩も、いつも同室で迷惑被っている喜八郎も、顔を見合わせたらいつも喧嘩する三木ヱ門も、みんな優しい。
「…ありが、とう……。」
私はひんやりとした手ぬぐいと、温かい雰囲気に安心して意識を手放した。
馬鹿そののち可愛い寝顔
(ちょっと!さっきの笑顔!)
(滝夜叉丸…!///)
(滝夜叉丸は可愛いなぁーvV)
(七松先輩って変態ですよね)
(仕方ないだろう、滝夜叉丸が可愛いんだ)
(開き直り……)
(滝夜叉丸は寝顔も可愛いなーvV)
((……この人には負けない…!))
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