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若草色に誘われ




苔むした灯籠。整然と刈り整えられた松葉。黄金や白磁の鯉が泳ぐ池。近くでヒヨドリが騒がしく鳴いている。
全体に彩度の低い日本家屋の中、そこだけ眩しいとさえ感じる鮮やかな色味を放ちながらグラハムは腰を落ち着けていた。
彼が身に付けた真白なワイシャツの隙間からは赤黒い火傷の痕が見える。それは美しい造形を成す顔の右半分にも及び、傷を持つ以前の肌理の細かな滑る肌を知るホーマーは心中で溜め息を吐いた。
彼がここへ訪れたのは三時間ほど前で、改まって何かと思えばやはり仕事の話だった。グラハム・エーカーという男は軍以外に生きる場所を知らない。幼い日を過ごした路上の冷たさは二度と味わいたくはないもので、選択肢が他にないともいえる。
その後離れへとグラハムを通し、人払いをした。育った文化が違い過ぎる彼には酷だろうと座布団を出し足を崩すよう促した。可愛がっている甥にもしないような特別待遇である。生真面目なグラハムは初めこそ躊躇していたものの、足の限界を感じてか姿勢を崩した。それからは丸く切り取られた窓から庭園を眺め、時折屋根から下りてくるスズメを目で追っている。
ホーマーはそんな姿を視界に入れながら連邦軍から離れた独立治安維持部隊司令官就任挨拶の草稿を練っていた。組織の人間に、絶対的な服従と反乱分子鎮圧への共通の意思を確固として固めさせる…最後の殺し文句とも言える言葉が浮かばずに、蓋をした万年筆を置いた。
木製の座卓に響いたその音を聞いて淡い瞳が振り返る。
ペンの代わりに手にした湯飲みを満たす玉露が揺れて、空気の移り目を知らせるようだった。
「…それ、一口いただいてもよろしいですか?」
グラハムが、手に持つ瀬戸物を指して言った。形としては客人である彼にもお茶うけと共に出してはいたが、退屈だったか、小皿も湯飲みも空になっていた。
「ああ」
短い答えを返すと彼は膝を付いたまま四つ足で這うようにして近付いてきた。目の前まで来て尻をぺたりと着け差し出された茶を受け取る。慣れない手付きで両手で持つ器を口元へ運ぶと開いた唇の隙間から赤い舌が覗く。そのままふっくらした唇が縁に押し付けられたが、言葉に反して何度か喉仏が上下したかと思うと空になった湯飲みが返ってきた。
「…おや、私の分は?」
「申し訳ありません。喉が渇いていたもので、つい」
そう口にした彼は濡れた舌先で下前歯を舐める。唇には薄い笑みを穿いて。
瀬戸物を卓に置き、ゆっくりと青年に被さっていく。途中で重心を崩した体が足と一緒にごろんと投げ出される。
唇を重ねて水分をねぶり取ってみると微かに玉露が残っていた。首筋へ唇を移すと畳表に近付いた鼻先に立ち込める先月替えたばかりの真新しい、い草の匂い。
顔を付き合わせて見てみれば情の浮かんだ瞳はそれらと同じ若草色をしていた。
けれどその深く深くに形容し難い熱い何かが燻っているのも確かに見て取れた。
頬に手を這わせ傷の境に微かに爪を立てると青年は、ああ、と色を含んだ吐息を零して見せるのだった。




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ブシドーはよく躾られた司令のわんこです。











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