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1ダースのお気に入り




別段自分は面食いではない、なんてことを今まで、少なくとも性を意識しだしてのここ10年程はそう思ってきた。これまでの女は確かに皆整った顔立ちをしてはいたが顔だけで選んだつもりはないし、ブロンズもいれば赤毛もいた。そばかすの目立つ者もいれば、口元にこれ見よがしな色気を放つほくろを持った者もいた。
しかし、最近になって思うのだ。やっぱり自分は面食いなのだろうかと。

「ジョシュア!私のコーラは!?」
グラハムが冷蔵庫の扉を開けたまま叫んでくる。ただでさえ狭いアパートの一室だ、そんなに大きな声でなくても聞こえる。
「冷やしておいたのなら昨日飲んじゃいましたよ、今日アンタが来るなんて思ってなかったし…」
「シャワーの後の楽しみだと言うのに!私は物凄く幻滅している!」
つかつかと歩み寄ってきたかと思えば今度は至近距離で文句を言われ、ジョシュアはつい舌打ちをしてしまう。それにまた彼は反応して自分にとっていかに風呂上がりの炭酸飲料が特別なものなのか捲し立ててきた。
グラハムは世間一般の常識と言うものの枠から大きく逸脱している。他人が使った歯ブラシは平気で使うくせに、好物を奪われると異様に執着する。周りからの嫌味妬みなんて気にも留めないくせに、彼の嫌みにはなかなか破壊力があった。
他人には理解できない彼特有の拘りでもってグラハムは生きている。もっとも、大抵の人間には他人には分からない何かしらの拘りはあると思うのだが、グラハムの場合はそれが少し抜きん出ていた。
「大体ね、あれも俺が買っといてやったやつでしょう!?なんでそこまで文句言われなきゃなんないんだよ」
「私のために、なのだろう?では逆に訊くがなぜ私のために買ったコーラを君が飲むんだ」
相変わらずの堅い口調でまた一歩碧い瞳がにじり寄ってくる。よほどショックだったのか。それともわざとだろうかと疑いたくなる。
しかし、あまりにしつこい。お世辞にも気の長い方ではないジョシュアは堪らずに、大きな声で文句を零す小振りなその口を塞いだのだった。


「…ん、…ぅ…!」
そこから先は早い。
男の脳は単純明快だ。欲望と行動がダイレクトに繋がっている。
今までのさざ波立った気持ちも柔らかな唇に触れてしまうともうそちらに意識が集中して、もっと深いところへと欲望が向かう。一方的に言葉を切られたグラハムの方も初めこそ抵抗の素振りを見せたが、すぐに満更でも無さそうにうっとりと瞼を下ろしていた。
グラハムは快楽に弱い。頑固で鋼のような自我も快楽の前には柔らかな新雪のように脆い。いくら気が立っていても大抵の場合少し刺激してやるだけで途端におとなしくなる。
それを知った上での意図的な行動であることは、彼には言わないつもりだ。
手の平に収まるサイズの後頭部を押さえ、もう一段階深くを食む。シャワーの後の、まだ湿った細い髪が指に絡んで、まるでその位置から離さないようだった。
グラハムの口内は熱く、そして渇いていた。
水分の問題なのか、絡め合う舌の動きがもたついている。触れ合う先の唾液さえ渇いた舌先に舐め取られ、ジョシュアの方が小さく呻いた。
体の水分すら奪われるような気がしてねっとりと絡む唇を外す。間を伝う糸などなくて、代わりにあったのは紅潮した頬と唾液を染み込ませた唇、そしてそれとは対照的に水分の膜で覆われた深い翠の瞳だった。

惚れた弱味か、その相手を出し抜くような行為への罪悪感か、急にすっかり戦意を削がれた気持ちになって、溜め息を零しながらジョシュアは場を離れる。足を向けたのは玄関先で、靴箱の横に置かれた抱えるほどの大きさの段ボール箱の中、そこから出してきたのはグラハムの日課ともなっている飲み物だった。
黒く、いかにも不健康そうな色をした液体が透明のボトルの中でその水面を揺らす。
「…別に、置いてないとは言ってないでしょ」
不器用な物言いと共に差し出されたそれを受け取ってグラハムは一呼吸、間を置いた。次に見せたのは花が綻ぶような無邪気で、弾けるような笑顔だった。

結局いつもこんな表情に毒気を抜かれ、それまでのいさかいも、そこまでのいきさつも簡単に忘れてしまう。男の脳は単純だ。
事を解決するのは、最後はいつも彼の多彩で奔放な表情の数々。
ああ、つまりは面食いなのか…。
そう思い直して、今はすっかりコーラに夢中の恋人を眺めた。
玄関には1ダースのお気に入りがいつも備えてある。




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グラハム、コーラ好きそう…という妄想。










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